早河シリーズ序章【白昼夢】
焼けるように暑い灼熱の太陽の下、上野と対峙する佐藤の首筋から汗が滴《したた》り落ちた。
『動機は4年前の強姦事件か?』
『ここに閉じ込められていながら、よくそこまで掴みましたよね。そうですよ』
『上野さん、4年前の事件の被害者って、まさか佐藤さんの恋人だったんじゃ……』
上野は隼人に向けて首肯《しゅこう》する。
『4年前に竹本さんに強姦されて自殺した片桐彩乃さんは、佐藤の婚約者だったんだ』
『そう。彩乃は俺の婚約者だった。そして竹本に犯され、彩乃はその記憶に苦しめられて自殺した』
佐藤が『彩乃……』と、その名前を口にすると美月の肩がわずかに跳ね上がる。佐藤にとって特別だった人の名前を、彼の口から聞きたくない。
もうこの世にはいない女性に、美月は激しく嫉妬していた。
『佐藤……。お前が竹本くんを殺す理由はわかった。俺が今の部署に異動したのは、3年前だ。だから俺はお前の婚約者が自殺していることも今まで知らずにいた。お前の苦しみを何も知らないで……すまない』
蒼白な面持ちの福山編集長はうなだれた。彼は殺人を告白した部下に、やりきれない心情をぶつけた。
『何故、間宮先生や同僚の松下まで殺した? どうして……』
『人殺しが負った代償は編集長にはわかりませんよ。松下にはあの夜、写真を撮られていたんです』
『松下さんの消えた8月4日の写真か?』
上野が少しずつ佐藤と距離を詰めていくが、佐藤も美月を連れて後退する。ガードレールに佐藤の背中が触れた。
『8月4日……竹本を殺したあの夜は雨が降っていましたね。俺は竹本をガレージに呼び出して殺しました。レインコートを着ていたおかげで服に返り血はつかず、予期せぬ大雨でも身体が濡れることもなかった。でも竹本を殺してペンションに帰るところを、松下に写真を撮られていたんです』
佐藤は淡々と語る。
『松下さんはあの夜、外に出ていたんだな』
『いえ。松下は二階から雷の写真を撮っていたんです。雷が光った瞬間を彼はカメラに収めた。その瞬間に、レインコートを着て走る俺の姿が写り込んでいたんですよ。運の悪いことに、フードを被っていても俺の顔がはっきり写っていました』
あの夜の失態を思い出して佐藤は冷笑した。
『それで松下さんを?』
『仕方なかったんですよ。俺が写真に写っていることに気付いた松下は、あの夜に俺が外に出ていた理由を問い詰め、俺が竹本を殺した犯人ではないかと疑っていた。黙って知らないフリを決め込んでいれば、殺されることもなかったものを。無駄な正義感が命取りになりましたね』
『間宮さん殺害の動機は?』
それまで感情を表さずに淡々と語っていた佐藤が、初めて口ごもった。
『……ある人の指示です』
『それは誰だ?』
上野の追及には答えず、彼は胸元に顔を寄せる美月を見下ろした。相変わらず彼女は泣いている。
優しい手つきで風になびく美月の髪を撫でながら、佐藤の思考は8月6日の夜へと向かった。
あの夜のキングとの会話を思い出す──。
『動機は4年前の強姦事件か?』
『ここに閉じ込められていながら、よくそこまで掴みましたよね。そうですよ』
『上野さん、4年前の事件の被害者って、まさか佐藤さんの恋人だったんじゃ……』
上野は隼人に向けて首肯《しゅこう》する。
『4年前に竹本さんに強姦されて自殺した片桐彩乃さんは、佐藤の婚約者だったんだ』
『そう。彩乃は俺の婚約者だった。そして竹本に犯され、彩乃はその記憶に苦しめられて自殺した』
佐藤が『彩乃……』と、その名前を口にすると美月の肩がわずかに跳ね上がる。佐藤にとって特別だった人の名前を、彼の口から聞きたくない。
もうこの世にはいない女性に、美月は激しく嫉妬していた。
『佐藤……。お前が竹本くんを殺す理由はわかった。俺が今の部署に異動したのは、3年前だ。だから俺はお前の婚約者が自殺していることも今まで知らずにいた。お前の苦しみを何も知らないで……すまない』
蒼白な面持ちの福山編集長はうなだれた。彼は殺人を告白した部下に、やりきれない心情をぶつけた。
『何故、間宮先生や同僚の松下まで殺した? どうして……』
『人殺しが負った代償は編集長にはわかりませんよ。松下にはあの夜、写真を撮られていたんです』
『松下さんの消えた8月4日の写真か?』
上野が少しずつ佐藤と距離を詰めていくが、佐藤も美月を連れて後退する。ガードレールに佐藤の背中が触れた。
『8月4日……竹本を殺したあの夜は雨が降っていましたね。俺は竹本をガレージに呼び出して殺しました。レインコートを着ていたおかげで服に返り血はつかず、予期せぬ大雨でも身体が濡れることもなかった。でも竹本を殺してペンションに帰るところを、松下に写真を撮られていたんです』
佐藤は淡々と語る。
『松下さんはあの夜、外に出ていたんだな』
『いえ。松下は二階から雷の写真を撮っていたんです。雷が光った瞬間を彼はカメラに収めた。その瞬間に、レインコートを着て走る俺の姿が写り込んでいたんですよ。運の悪いことに、フードを被っていても俺の顔がはっきり写っていました』
あの夜の失態を思い出して佐藤は冷笑した。
『それで松下さんを?』
『仕方なかったんですよ。俺が写真に写っていることに気付いた松下は、あの夜に俺が外に出ていた理由を問い詰め、俺が竹本を殺した犯人ではないかと疑っていた。黙って知らないフリを決め込んでいれば、殺されることもなかったものを。無駄な正義感が命取りになりましたね』
『間宮さん殺害の動機は?』
それまで感情を表さずに淡々と語っていた佐藤が、初めて口ごもった。
『……ある人の指示です』
『それは誰だ?』
上野の追及には答えず、彼は胸元に顔を寄せる美月を見下ろした。相変わらず彼女は泣いている。
優しい手つきで風になびく美月の髪を撫でながら、佐藤の思考は8月6日の夜へと向かった。
あの夜のキングとの会話を思い出す──。