薄氷の城
 エシタリシテソージャの王太子妃、ジュリアはラベンダーのような鮮やかな青紫色のドレスで息子であるヴィットーリオと今夜二回目のワルツを踊っている。
 エシタリシテソージャの女性は結婚するとワルツのように二人きりのダンスを夫や兄弟以外の男性と踊ることが出来ないので、階段の踊り場の辺りに固まって、音楽を聴きながら語らっていた。

「この国の女性は、奔放すぎますね。肩や腕を露出したドレスでワルツを踊ったり、異性と笑顔で話したりなどして。」
「えぇ。本当に。あなたの小さいときに、この国のマルゲリット王女と縁談があったのよ。私は異世界の血が入った娘など、自分の息子と縁組みさせることには反対だったの。あの、奔放な振る舞いを見ていても殿下が断わって下さって良かったと思っているわ。」
「でも、父上はアルナルドやこれから産まれるかもしれないマリーナとの子を縁組みさせるおつもりですよね?」
「それは、あれでしょう?社交辞令のようなもので、あちらのご機嫌取りで言っているだけでしょう。友好関係を知らしめるために。私は我が国のような大国が、プリズマーティッシュにへりくだる必要などないと思うけれど、こちらはまだ王太子の身、上下のけじめはつけないとならないでしょう?」

 そんなことを話しているうちに、曲が終わった。ヴィットーリオが、歓談している男性達の輪へ向おうとした時、ジュリアに呼び止められた。

「あなた、マリーナと踊っていないでしょ?一曲くらいは踊ってあげなさい。」

 耳元で囁いたジュリアの視線の方へ振り向くと、マリーナが目を輝かせてヴィットーリオを見ていた。舞踏会に参加している女性たちの多くが、リオ王妃へ配慮して濃い赤色の補色のような青や緑などの色合いのドレスを着ている中、マリーナはアザレアのような鮮やかな濃いピンクのドレスを着ていた。


∴∵


 数曲ワルツが演奏された後、プリズマーティッシュの国王夫妻が、一組ずつ呼んで言葉を交わす時間となった。ウルバーノ王太子夫妻の後はマウリッツ王太子夫妻が呼ばれ、次にフェデリーコ王太子夫妻が呼ばれ、ヴィレム達は、ヴィットーリオ王子の後に呼ばれた。

「今宵はお招き下さったこと、この上ない喜びにございます。レオナール国王、リオ国王妃、両陛下ご壮健のこととお喜び申し上げます。」
「丁寧な挨拶ありがたく思う。」

 ヴィレムの挨拶にレオナールは短く答える。こうして改めて目の前にすると、エシタリシテソージャの国王とはまた違う圧倒される絶対的な強者の雰囲気にヴィレムはレオナール王から目が離せなくなった。

「この度は、遠くエパナスターシ王国から良く来てくれました。私もエシタリシテソージャ王国へ行った際は慣れない長旅にとても苦労をしました。アルテナ公夫人は問題ありませんでしたか?」

 リオ王妃は、ユリアーナの目を真っ直ぐに見た。ユリアーナは黒曜石のような真っ黒な瞳に吸い込まれそうな気持になる。
 
「お気遣い頂きましたこと、有り難く存じます。私は元来体が丈夫に出来ているようで、異国の町並みなどを見ておりましたので、辛く感じることなく旅程を楽しんでまいりました。」
「そうでしたか。それは良かった。」

 リオ王妃がユリアーナに優しい微笑みを返した。次に、レオナール王がヴィレムに声を掛けた。
 
「アルテナ公爵は、我が国の魔獣討伐部隊に大変興味をお持ちだと聞いています。明後日、王太子が皆様に騎士団と国軍の合同演習を観覧頂けるよう準備を整えたので、我が自慢の討伐部隊をぜひともご覧下さい。」
「過分なご配慮痛み入ります。」
「まだ夜は長い、この後もゆっくりとお楽しみになられよ。」
「有り難き幸せに存じます。」


∴∵


 ユリアーナとヴィレムは、前室の大広間へ戻ってきていた。

「ユリア何か飲むかい?」
「えぇ。何か、軽い物を。」

 そこに、飲み物を持った給仕がやって来た。ユリアーナはフルートグラスに入ったゴールデンイエローの綺麗な飲み物を指し、それが何か給仕に聞いた。

「リオ陛下が宴席の食前酒としてご提案なさった飲み物でございまして、白のヴァン・ムスーとオレンジジュースを同量で混ぜております。鮮やかな黄色からミモザと呼ばれる飲み物なのだそうです。我が国ではデビューしたばかりの若いお嬢様方に大変人気がございます。」
「ミモザだなんて、今の季節にちょうど良い名前ね。では、それを頂くわ。ありがとう。」
「これは、ウィスキーかな?」
「はい。こちらは、レオナール陛下が好んでお飲みになっている、ドォウノケシ王国のウィスキーでございます。右手のものは、我が国で生産しておりますブランデーでございます。」
「では、私はブランデーを頂く。」

 二人が、飲み物を飲んでいると、長身の男性が二人に近づいてきた。

「お声をかけさせて頂く事をお許し下さい。」

 そう言って、騎士が行う礼の姿勢を取った。

「お初にお目にかかり、光栄に存じます。私は、フェルナン・ヴァンドームと申します。現在は伯爵位を賜り、騎士団 第一団隊 団隊長を任されております。以後お見知り置きの程お願い申し上げます。」
「どうぞ、面をお上げ下さい。」

 その言葉で、フェルナンは姿勢を戻した。

「お会いできて光栄です。私はエパナスターシ王国 ヴィレム・アルテナと申します。」
「私はユリアーナ・アルテナと申します。」
「本日、妻は懐妊中のため舞踏会へは欠席しておりまして、各国の皆様にお目にかかれないことを大変心残りに思っている様でした。」
「明日の午餐会には?」

 ユリアーナの問いかけると、彼はヴィレムに向けていた視線をユリアーナに向けた。オレンジ色の光の中で彼の白い肌が浮かびあっがている様に見える。

「日中の式典へは参加させて頂く予定ですが、午餐会は欠席の予定になっております。」
「さようですか。お会いできるのを楽しみにさせて頂きますね。大事なお体ですから無理はなさらぬようにお伝え下さい。」
「ありがとうございます。帰って妻に伝えさせて頂きます。」
「ヴィレム殿下は魔獣討伐に興味がおありだとうかがいましたが。」
「当国では年間数十頭の魔獣が現れ、エシタリシテソージャ王国の協力の下それを駆除しています。出現の数も年々増えていますので、騎士の人手不足が差し当たっての課題です。貴国で、騎士の使い方などを学ばせ頂ければと思っています。」
「そうでしたか、でしたらご滞在中一度我が第一団隊をぜひ見学にいらして下さい。」
「ありがとうございます。ぜひ、お伺いしたいです。」
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