薄氷の城
第 40話 式典
ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンの六月は、日中は半袖でも過ごせるほどに温かくなることも多く、今朝も薄い長袖のワンピース一枚で、肌寒さを感じないほどだった。
「私、こんなに白いお花で囲まれたのは、初めてです。見て下さいませ、一面の白いアイリスが。」
ユリアーナはヴィレムに振り返って話しかけた。白い花が一面に咲いているせいか、異国での開放感からか、ユリアーナはいつもよりずっとはしゃいでいるようだ。
「ヴィム、ほら、見て下さいませ。空もこんなにも真っ青です。」
確かに今日は思わず手を伸ばしたくなるような雲一つない青空だった。白い花が咲き誇る花壇の先にこちらを見て笑っているユリアーナがいて、その後ろには真っ青な空が見えていた。本来ならば空の青さは雲の白があるからこそ際立つのだろうが、ユリアーナの純一無雑な笑顔が雲以上に良いコントラストになっていた。ヴィレムはその景色を見て、これ以上ないと言うほどの幸福感を噛みしめた。
∴∵
式典は、宮殿の庭園で行われた。
最初は伝統衣装に身を包んだ老若男女が民族楽器を奏でながら輪になって踊る民族舞踊の披露だった。これは、豊穣祭などでも披露される祝いの踊りで、町の人たちは結婚式に招待客全員で踊ったりするものらしい。
色とりどりの花を髪飾りにした女性と男性がくるくると回りながら、楽しそうに踊っている。リオ王妃はその姿を見ながら、楽しそうに手拍子をしている。しかし、その姿をエシタリシテソージャの王太子妃ジュリアは苦り切った顔で見ている。
続いては、宮廷舞踏の披露になった。先ほどが、庶民の踊りならば、こちらは貴族の踊り。踊っているのは、この国の外務大臣の娘のジャンヌ。祖母はリオ王妃のダンスの先生、母は王女たちのダンスの先生をしていた。ジャンヌも祖母から脈々と受け継いだセンスで、宮廷舞踏と言えば、オードラン家のジャンヌと言われる程の腕前だった。その洗練された舞いに人々はため息を漏らした。
∴∵
ジャンヌのダンスが終わり、ティータイムになった。
「旦那様、民族舞踊の時の小さな子供たち、本当に可愛らしかったですね。」
「あぁ。一番小さい子は、エフェリーンくらいだろうか?」
「そうですね。五歳くらいでしょう。そう言えば、今年のマリアンネの誕生日は一緒にいてあげられませんでした。」
「三歳か。三歳になれば私たちが留守にしている間に出来るようになったこともあるだろうね。出来るようになった事を見て褒めてやれないのは寂しいね。」
「子供たちより旦那様の方が寂しいのではありませんか?」
「そうかもしれないね。本当に、今まで長く会わずにいただなんて、そんなことどうして出来ていたんだろうと、今では思うよ。」
「エシタリシテソージャでも、プリズマーティッシュでも旦那様はエフェリーンやマリアンネが喜びそうな髪飾りやドレスなど沢山お買い求めになっていましたものね。」
「二人が喜ぶ顔が早く見たい。」
ユリアーナは、控えめに笑った。
∴∵
小休憩が終り、観覧席に戻ると、庭園は印象をガラリと変えていた。今まで色々な人々が歌い踊っていた舞台は、白い布が飾られ、厳かな印象になっている。
ここからは高位の聖職者が平和と幸せを祈る祝詞をあげることになっていた。
しばらく待っていると、弦楽器と管楽器の演奏が始まった。音楽に合わせ薄いスモークブルーの装束を着た女性がゆっくりと歩いて登場した。彼女は黒い髪を腰より下まで伸ばしている。
彼女が舞台に上がると、既に登壇していた男女四人が一斉に頭を垂れる。その間を女性は堂々と歩き、祭壇の前に止まった。それと同時に演奏が止まると、会場は途端に静けさに支配される。
女性は良く通る綺麗な声で、まるで歌を歌うように言葉を捧げている。その言葉は、プリズマーティッシュの言語のロッシュ語のため、ユリアーナには内容がまるで理解出来なかった。
しかし、その厳かな雰囲気のためか、それとも彼女の声が余りにも美しいからなのか、ユリアーナは涙が止まらなくなった。余りにもユリアーナが止めどなく涙を流すために、ヴィレムは式典へ目が向かなくなってしまった。
彼女の言葉が終わると、回りの男女が、それぞれに祝詞をあげる。最後の一人が終えると、再び女性が言葉を発し、胸に手を当てる。すると、彼女の体内からなのか、青・緑・黄・橙・赤・白の銀粉が舞っているようなキラキラと輝く光が空に向って放たれた。あまりの不思議な光景に、観覧席の人々は息を飲む。それにも関わらず、祭壇の正面に座っているプリズマーティッシュの国王夫妻や貴族たちはそれを全く動じた様子がなく見ている。
∴∵
ユリアーナの頭の中に一つの言葉が浮かんだ。 ‘虹の女神’ 。これは、ユリアーナが好きで小さな頃から読んでいた、今も寝物語に子供たちに読み聞かせたりしている古い絵本にでてくる神に次ぐ魔力を持つ妃のことだ。彼女が人々の幸せを願い、祈るとその曇りない美しい願いに精霊たちが力を貸し、加護を授ける。その加護は虹となって国全体に広がるのだ。
そもそも、魔力の強さを表す青や緑、橙、赤、白は虹の色だ。そこに異世界人が持つという白金が加わる。天界から下りてきた彼女は、神に次ぐ強い魔力を持っている。それが、白金よりもさらに強い虹色の魔力。
しかし、虹の魔力は絵本の中でさえも人間には持てない力とされている。だが、ただ一つの例外がある。絵本の中ではイーリスに見初められ、彼女の力を分け与えられた人間、ラザールが虹の力を持つ。
イーリスは、この世界を作る旅の途中、争い事に出くわす。そこで青年に出会い、彼に助けられる。彼に惹かれたイーリスは幻白花とともに自分の心も彼に差し出す。彼女の心とその白い花を受け取ったラザールにはイーリスと同じ虹の力が宿るようになる。
そして、誰よりも強い魔力を手に入れたラザールは王となり、イーリスの作った世界を統治することになった。二人の作った世界で人々は幸せに暮らし、物語は終わる。
∴∵
ユリアーナが放心している間にも式典は進み、祭壇に置かれていた聖剣と聖杯が片付けられる所だった。仰々しい格好の年配男性が剣を恭しく手に取る。続いて別の男性は杯を手に取った。剣を持った男性が、舞台の端まで歩いてきた。簡単な装束を着た男性が舞台下で木箱を掲げているところまで行くとその木箱に剣を収め、蓋をした。年配男性が舞台から下り、木箱を持った男性がその後に続く。杯の方も同じ様に、木箱の中に収め、ふたが閉じられた。舞台から下りてきた男性の後を杯の箱を持った男性が続く。
ユリアーナは、その姿をじっと眺めている。杯の箱を持った男性がちょうどユリアーナの正面を向いたところでユリアーナの鼓動は強くなる。
「コンスタンティン。」
震えた声を発したのは、ヴィレムだった。
「私、こんなに白いお花で囲まれたのは、初めてです。見て下さいませ、一面の白いアイリスが。」
ユリアーナはヴィレムに振り返って話しかけた。白い花が一面に咲いているせいか、異国での開放感からか、ユリアーナはいつもよりずっとはしゃいでいるようだ。
「ヴィム、ほら、見て下さいませ。空もこんなにも真っ青です。」
確かに今日は思わず手を伸ばしたくなるような雲一つない青空だった。白い花が咲き誇る花壇の先にこちらを見て笑っているユリアーナがいて、その後ろには真っ青な空が見えていた。本来ならば空の青さは雲の白があるからこそ際立つのだろうが、ユリアーナの純一無雑な笑顔が雲以上に良いコントラストになっていた。ヴィレムはその景色を見て、これ以上ないと言うほどの幸福感を噛みしめた。
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式典は、宮殿の庭園で行われた。
最初は伝統衣装に身を包んだ老若男女が民族楽器を奏でながら輪になって踊る民族舞踊の披露だった。これは、豊穣祭などでも披露される祝いの踊りで、町の人たちは結婚式に招待客全員で踊ったりするものらしい。
色とりどりの花を髪飾りにした女性と男性がくるくると回りながら、楽しそうに踊っている。リオ王妃はその姿を見ながら、楽しそうに手拍子をしている。しかし、その姿をエシタリシテソージャの王太子妃ジュリアは苦り切った顔で見ている。
続いては、宮廷舞踏の披露になった。先ほどが、庶民の踊りならば、こちらは貴族の踊り。踊っているのは、この国の外務大臣の娘のジャンヌ。祖母はリオ王妃のダンスの先生、母は王女たちのダンスの先生をしていた。ジャンヌも祖母から脈々と受け継いだセンスで、宮廷舞踏と言えば、オードラン家のジャンヌと言われる程の腕前だった。その洗練された舞いに人々はため息を漏らした。
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ジャンヌのダンスが終わり、ティータイムになった。
「旦那様、民族舞踊の時の小さな子供たち、本当に可愛らしかったですね。」
「あぁ。一番小さい子は、エフェリーンくらいだろうか?」
「そうですね。五歳くらいでしょう。そう言えば、今年のマリアンネの誕生日は一緒にいてあげられませんでした。」
「三歳か。三歳になれば私たちが留守にしている間に出来るようになったこともあるだろうね。出来るようになった事を見て褒めてやれないのは寂しいね。」
「子供たちより旦那様の方が寂しいのではありませんか?」
「そうかもしれないね。本当に、今まで長く会わずにいただなんて、そんなことどうして出来ていたんだろうと、今では思うよ。」
「エシタリシテソージャでも、プリズマーティッシュでも旦那様はエフェリーンやマリアンネが喜びそうな髪飾りやドレスなど沢山お買い求めになっていましたものね。」
「二人が喜ぶ顔が早く見たい。」
ユリアーナは、控えめに笑った。
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小休憩が終り、観覧席に戻ると、庭園は印象をガラリと変えていた。今まで色々な人々が歌い踊っていた舞台は、白い布が飾られ、厳かな印象になっている。
ここからは高位の聖職者が平和と幸せを祈る祝詞をあげることになっていた。
しばらく待っていると、弦楽器と管楽器の演奏が始まった。音楽に合わせ薄いスモークブルーの装束を着た女性がゆっくりと歩いて登場した。彼女は黒い髪を腰より下まで伸ばしている。
彼女が舞台に上がると、既に登壇していた男女四人が一斉に頭を垂れる。その間を女性は堂々と歩き、祭壇の前に止まった。それと同時に演奏が止まると、会場は途端に静けさに支配される。
女性は良く通る綺麗な声で、まるで歌を歌うように言葉を捧げている。その言葉は、プリズマーティッシュの言語のロッシュ語のため、ユリアーナには内容がまるで理解出来なかった。
しかし、その厳かな雰囲気のためか、それとも彼女の声が余りにも美しいからなのか、ユリアーナは涙が止まらなくなった。余りにもユリアーナが止めどなく涙を流すために、ヴィレムは式典へ目が向かなくなってしまった。
彼女の言葉が終わると、回りの男女が、それぞれに祝詞をあげる。最後の一人が終えると、再び女性が言葉を発し、胸に手を当てる。すると、彼女の体内からなのか、青・緑・黄・橙・赤・白の銀粉が舞っているようなキラキラと輝く光が空に向って放たれた。あまりの不思議な光景に、観覧席の人々は息を飲む。それにも関わらず、祭壇の正面に座っているプリズマーティッシュの国王夫妻や貴族たちはそれを全く動じた様子がなく見ている。
∴∵
ユリアーナの頭の中に一つの言葉が浮かんだ。 ‘虹の女神’ 。これは、ユリアーナが好きで小さな頃から読んでいた、今も寝物語に子供たちに読み聞かせたりしている古い絵本にでてくる神に次ぐ魔力を持つ妃のことだ。彼女が人々の幸せを願い、祈るとその曇りない美しい願いに精霊たちが力を貸し、加護を授ける。その加護は虹となって国全体に広がるのだ。
そもそも、魔力の強さを表す青や緑、橙、赤、白は虹の色だ。そこに異世界人が持つという白金が加わる。天界から下りてきた彼女は、神に次ぐ強い魔力を持っている。それが、白金よりもさらに強い虹色の魔力。
しかし、虹の魔力は絵本の中でさえも人間には持てない力とされている。だが、ただ一つの例外がある。絵本の中ではイーリスに見初められ、彼女の力を分け与えられた人間、ラザールが虹の力を持つ。
イーリスは、この世界を作る旅の途中、争い事に出くわす。そこで青年に出会い、彼に助けられる。彼に惹かれたイーリスは幻白花とともに自分の心も彼に差し出す。彼女の心とその白い花を受け取ったラザールにはイーリスと同じ虹の力が宿るようになる。
そして、誰よりも強い魔力を手に入れたラザールは王となり、イーリスの作った世界を統治することになった。二人の作った世界で人々は幸せに暮らし、物語は終わる。
∴∵
ユリアーナが放心している間にも式典は進み、祭壇に置かれていた聖剣と聖杯が片付けられる所だった。仰々しい格好の年配男性が剣を恭しく手に取る。続いて別の男性は杯を手に取った。剣を持った男性が、舞台の端まで歩いてきた。簡単な装束を着た男性が舞台下で木箱を掲げているところまで行くとその木箱に剣を収め、蓋をした。年配男性が舞台から下り、木箱を持った男性がその後に続く。杯の方も同じ様に、木箱の中に収め、ふたが閉じられた。舞台から下りてきた男性の後を杯の箱を持った男性が続く。
ユリアーナは、その姿をじっと眺めている。杯の箱を持った男性がちょうどユリアーナの正面を向いたところでユリアーナの鼓動は強くなる。
「コンスタンティン。」
震えた声を発したのは、ヴィレムだった。