薄氷の城

第50話  宴席

 第八戦のフェルナン対ピエールの戦いは、熟練度の勝るフェルナンが勝利し、最優秀戦士賞は、第五戦で戦った、特伐隊のアレクサンドル・オリヴィエに贈られ、特別賞がヴィクトワール・ファロにも贈られた。
 演習の後に行なわれた宴は、男女混合で行なわれ、演習に出場した戦士たちもエリザベート以外は出席した。

「フェルナン殿。」

 ヴィレムが、ユリアーナと会場をゆっくりと歩いていると見覚えのある背中を見つけ、話しかけた。

「ヴィレム殿下。」
「フェルナン殿、大変見応えのある素晴らしい演習でした。」
「恐れ入ります。」
「…しかし、相手の方は火の魔剣を使い、大変激しい戦いで、フェルナン殿も火傷などを負ったように見えましたが、お怪我は大丈夫なのですか?他の戦士の方々も決して数時間で治るようなお怪我には見えませんでしたが。」
「ルイ殿下とジャン殿下が救護所に詰めて、治癒魔法で治療を施して下さっています。疲れは残っていますが、外傷は全て完治しておりますので。ご心配頂き恐縮に存じます。」
「この国では、治療も魔術で行なっているのですか?」
「神殿では、女神様への感謝の気持を人々に知らせる事はもちろん、人々を魔術で治療する事も大切な役割となっています。」
「神殿は、魔獣討伐もしていると聞いたのですが、治療まで神殿で行なっているのですか?」
「はい。治癒魔術は橙以上の魔力があれば訓練次第で使える様になりますので、神殿の聖徒の位の者たちが主に担っています。しかし、魔力が強いほどケガの治りが良いので、この様な催し物の時や大規模討伐などの時は尊者が治療に当たることがあります。一方討伐へ向うのは、赤以上の魔力を持った、尊者の位を持つ者だけです。」
「神殿には今、どれくらいの尊者と聖徒が在籍しているのでしょうか。」
「私はあまり神殿の事に詳しくはないのですが、聖徒になれるのは、橙以上の魔力を有している者で、現在は十五名ほどが在籍しているようです。貴族で、家督を継がない者が聖徒として身を置いております。尊者は赤以上の魔力を有している者で、四名います。全て両陛下のお子様です。」
「ちなみに、王宮に勤める侍女はどれほどの魔力を持っているとなれるのでしょうか?」
「侍女の資格としては魔力の有無は関係ありません。ただ、貴族の子女が侍女になりますので、基本的には黄色以上の魔力は有しています。下働きなどは、平民が多いですので、緑や青色の魔力を持っている者が多く、中には魔力を有していない者も在籍しているようです。」
「魔力が潤沢であるという事は、そう言う事なのですね…。」
「ヴィレム殿下。」

 ヴィレムが、振り向くとジャンがヴィレムに向ってにこやかに笑いながら近づいてきた。

「お話し中、失礼致します。昨日、お話していた神官のエヴァリストの件ですが。」

 ヴィレムは、一瞬ユリアーナの方を軽く伺ったが、彼女の表情は変っていなかった。
 
「はい。何かありましたか?」
「いいえ。エヴァリストが、エパナスターシの皆さまとお話しする用意が出来たと申しておりました。この宴が終わりましたら、部屋をご用意致しましたので、そちらへお越し下さい。」


∴∵
 

 アクアマリンのような青色のドレスを着たアンドレーアは、その鮮やかさとは対照的な無表情のままマウリッツの傍らに立っていた。
 マウリッツの話し相手はプリズマーティッシュの王太子夫妻で、先ほどからずっと、魔獣討伐の話しをしている。この様な話しは本来男同士の話しで、夫人は紅茶などを飲みながら刺繍なんかをしたりするのがエパナスターシでの淑女のあるべき姿だとアンドレーアは教えられてきた。女性が優位に立つことを良しとしない教育を受けてきたアンドレーアにとって、自ら剣を振り、政を行ない、夫であるアントワーヌを従えて堂々と振る舞うマルゲリットは異質のかたまりのような存在だった。

「アンドレーア殿下もいかがでしょうか?」

 マルゲリットから、突然話しかけられ、聞いていなかったアンドレーアはマルゲリットと思いがけず目が合ってしまった。

「キミも、天馬に乗せてもらってはどうだい?これからアントワーヌ殿下が私を乗せて下さるようだから、キミはマルゲリット殿下に乗せてもらえばよい。」
「いいえ。私は。」

 マウリッツは、軽く笑って、

「女性は、高いところが怖いのだね。」

 と悪気もなさそうに言う。アンドレーアは内心、私より自分の方が高いところが苦手なくせしてと思った。

「マウリッツ殿下。恐怖心に男女の差なんてありませんよ。怖いと思う心は男でも女でも抱く当然の感情です。」

 マルゲリットは、まるでマウリッツが冗談を言ったかのようにそう言って軽くあしらった。

「アンドレーア殿下、子どもの背丈くらいの高さならいかがですか?あっ、それとも魔獣に乗ること自体に気が進みませんか?」

 マルゲリットは、返事をしないのを肯定と感じ取ったようだった。

「魔獣に対して嫌悪感を抱くのは不思議ではございません。無理にお誘いしてしまい、ご無礼を致しました。」
「いいえ。マルゲリット殿下。お気遣いなく申し上げます。…ただ、私はずっと王都から出たことがなく、魔獣を直に見たのが、先ほどの演習の時が初めててございました。見かけは馬に近くても、やはり恐怖心の方が勝ってしまいます。」
「それは、当然でございます。私は物心が付いた時から、父母が天馬に乗っていましたので普通の馬と何ら変わりなく思っておりましたが。思いが至らず、失礼を致しました。では、私たちは会場をご一緒しませんか?昨日の式典で宮廷舞踊を披露したのが私のダンスの先生の娘なのです。是非ご紹介したいので。いかがでしょう?」
「女は女同士が何事にも円滑でしょう。」

 そう言って笑顔を見せたマウリッツに、アンドレーアとマルゲリットは気付かれないように軽いため息を吐いた。


∴∵


 ヴィレムとユリアーナは、壁際に立っていた。

「もし、ユリアさえ良ければ、まず私がヴォルテルを伴い面会してこようと思う。父上にも昨日のうちに話をして、コンスタンティンとの面会は任せると仰せだった。我が国としては、コンスタンティンへ帰国を促すことになるが、彼がどう判断するかは分からない。ユリアとの面会も、彼の判断次第で良いだろうか?」
「もちろんです。色々とお立場がございますのに、私のためにお心を砕いて下さりありがとうございます。」

 ヴィレムは、首を横にゆっくりと振った。

「私たちは夫婦だ。夫婦は困難があったとき、どちらかが困ったとき、互いに考え合って、助け合うものだと、ユリアが私に教えてくれたのだ。私たちの結婚は、コンスタンティンの消息不明があったから成ったものだ。ユリアが、ずっとコンスタンティを慕っていたことも知っていた。」

 ユリアーナは、横に立っているヴィレムの顔を見上げた。ヴィレムは、ユリアーナと瞳を合わせて笑った。

「知っていたよ。ずっと、見ていたんだから気付かないはずはない。コンスタンティンは、人柄も容貌も申し分ない良い男だ。だから、ユリアの心に残っているコンスタンティンに、勝てる気がしなかった。だけれど、ユリアは、私に心を分けてくれた。気付くのが遅くなってしまったけれど。そんなユリアを幸せにしたいんだ。私といて幸せだと思って欲しいんだ。」

 ヴィレムは、ユリアーナの手を優しく握った。

「以前は君を守らせて欲しいと言ったけれど、今の気持は少し違う。今まで言っていなかったから、彼と会う前にきちんと言わせて欲しい。私と結婚して下さい。これからも私のそばで笑っていて下さい。生涯をかけ、貴女を幸せにします。」

 そう言って、ユリアーナの手の甲にキスをした。
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