薄氷の城
第51話 然る後
「これからどうするつもりだ?エリザベート。」
「伯父上は、父上と母上に力添えするのでしょう?」
王宮の一室で、エリザベートは、ジルベールと向かい合って座っている。扉の前には、リオの侍女アナスタシアが立っている。
ジルベールは、軽く笑って、
「そうとも限らないぞ。俺の父は国王だったが、母は宮殿の庭師の娘だった。俺の妻も、王都の園芸店の娘だ。禁断の愛は俺の伝統の技みたいなもんだ。」
「だったら、伯父上からも父上や母上に言って下さい。私は、クリストッフェル殿下でなければ結婚はしません。あんなに二人とも、結婚しろと言っていたのに。」
「そんなに結婚しろと言っていたか?二人とも。レオナールは別としても、王妃は、結婚しない人も多くいる世界からやってきたから、結婚しないのも一つの人生の送り方だと言っていた気がしたが。」
「言葉ではそう言っていても、結婚しろと言う無言の圧力があるのです。現に、アナスタシアだって、一生独身でも良いと言っていたのに、シルヴェストル伯父上と結婚させられたではありませんか。母上の無言の圧力は、母上の魔術並に厄介なのです。」
「おおぅ、そうか。エリザベートの母上は神に次ぐ強力な魔力を持った女だからな。無詠唱で強力な魔術も発動させるし、無言で結婚しろと暗示をかけるのも得意かもしれないな。」
「真剣に言っているのです。伯父上、からかうためにいらっしゃるのなら、一人にして下さい。」
「生憎、母親譲りの魔力と、父親譲りの身体能力を持っているお前を一人にするなと両陛下からの厳命だ。」
「やっぱり、父上と母上の味方ではないですか。私を助けてくれると思っていた姉上まで、母上の味方をして。私は一人きりです。」
ジルベールは、ため息を吐いた。
「よく思い出してみろ、エリザベート。レオナールや王妃は何と言っていた?結婚は許さないと言っていたか?」
「はい。ダメだと…」
「ダメと言ったのか?本当か?一言一句きちんと思い出せ。」
「私が、クリストッフェル殿下と結婚したいと言ったら、母上は、今はダメだと。少し落ち着いて考えなさいと。そして、待っていろと。」
「そうだ。今はダメなだけ、少しだけ待っていろと言ったんだ。」
「母上は、少し時が経てば、私が結婚を諦めると思っているのです。それか、気持が冷めるのを待っているのです。」
「何故、そうなる。国を跨いだ王子と王女の結婚だ。友好国同士であっても臣下や国民の見解が気に掛かるところだ。しかも、今回は友好国ではなく、今まで国交が断絶していた国だ。婚約の話題を出すまでにも時間が必要だ。相手は王位継承順位が低い王子だとは言え、マウリッツ王太子殿下だけでは話しが進められないだろう。色々と根回しの必要な案件だ。」
「クリストッフェル殿下が言うには、エパナスターシは、魔力を持って生まれる人がなく、魔獣討伐に苦慮されているそうです。私ならば、一人で結界を張る事も出来るし、魔獣の討伐だって行えます。けが人だって治すことが出来る。エパナスターシにしてみれば、良縁ではないですか。」
「お前は…一人きりで、尊者の役割も、聖徒の役割も、特伐隊や第一騎士団の役割もするつもりか?それが出来たとしても、そこに夫婦としての役割も加わるんだぞ。それに、クリストッフェル殿下のお気持ちは?そこは丸無視か?」
「殿下のお気持ちは、時をかけ受け入れて頂けるよう努力するつもりでした。」
「ならば、突っ走る前に、殿下に分かって頂けるような努力はできなかったか?」
「出来ませんでした。」
「それは、残念だ。」
エリザベートは小さく頷いた。
「それに、この縁組み最大の問題がある。それはお前自身だ。」
「私、ですか?」
心底、意外だと言う表情のエリザベートに対し、ジルベールは苦笑いをする。
「ご自身のお立場をお忘れですか?」
そう問いかけられても、エリザベートには心当たりがない。ジルベールはため息を漏らす。
「魔力の強さで継承順位を決める我が国では、マルゲリットに子がいると言っても、その子たち全員が洗礼を受け成人し、王位の継承順位が決まるまでは、マルゲリットの次に魔力の強いお前が、王位継承二位だ。」
「姉上には、子どもが大勢います。今は魔獣討伐へも向われないし、私たち弟妹が王位を狙うわけでもない。それに腕利きの護衛だっています。姉上に万が一など起るはずもないでしょう?」
「マルゲリットにとって何より危険なのは、魔獣や政変などではなく、出産だ。今も第五子を懐妊中で、今までは順調に出産してきたが、何が起らないとも限らんだろう。王妃だって、ルイを出産した際に、一時危ない状態になった。そんな状況下で、第二位のお前を隣国に嫁がせるには解決しないとならない問題が山積みだ。」
エリザベートは、何か思い至った顔をする。
「母上は、姉上のお腹の中にいる子が洗礼を受ける年になるまで待てと仰っていたのですか?」
「んなわけあるか。王女を側妃になど出来るわけがないから、相手の王子にだって正妃を娶らず待ってもらわなければならなくなる。十四、五年も待ったらいくつになると思ってんだ。」
「ならば、どうすれば…。」
「両陛下は、結婚と言う制度に懐疑的だったお前が、何故か前向きになってくれたことに大変喜んでいる。だから、お前の望み通り、王子のところへ嫁がせられるか色々と情報を集めていた。そもそも王子に本当にお相手がいないのか、もし成婚がなったとして我が国の王太子にもしもがあった場合、王子がこの国へ来たり、王配になることは可能なのか。お前の暴走さえなければ、話しはもう少し円滑に進んだかもしれないが…相手国は今はすっかり警戒してしまっている。」
今まで、堅苦しさのない表情をしていたジルベールは、表情を硬くする。
「エリザベートには可哀想だが、この話し、上手くはいきそうにもない。お前の独断の行動として、両陛下がクリストッフェル殿下へ正式に謝罪し、この話しはなかったことになるだろう。」
「もう一度、私の方から、父上や母上にお話しを・・」
「今回のことに、一番立腹しているのは、マルゲリットだ。我が国の信用を大きく失墜させたと酷くお怒りだ。それに、お前はレオナールや王妃がなぜ、事を急ぐな待てと言っていたのか分かっているのか?」
「それは、私の王位継承順位や、国同士の関係・・」
「それは、俺が説明した。他は?」
「他にもあるのですか?」
「お二人は、この話しを無理に進めようとするお前に不安感を抱いている。結婚したい、したいと言うばかりで、両陛下が何をどう危惧しているか全く理解しようとしていないだろう?」
エリザベートは、拗ねたように唇を尖らせた。
「二人が不安に思っていること、それを払拭しようと何か行動したか?」
エリザベートは、気の抜けたような顔を見せる。
「…何を不安に思っているのか分かってないのに、取り除くのは無理か。クリストッフェル殿下が国交を断絶していた国の王子だから悪いんじゃない。お前の覚悟が見えないから、二人は不安なんだ。そこを考えろ。それと、お前には、アナスタシアがシルヴェストルと結婚したのは王命であって、そこに二人の意思はないと思っているのか?」
エリザベートは、 ‘違うのですか?’ と聞いてきた。
「それを見て取れないでいるのならば、レオナールと王妃がお前の恋心が一過性のものだと思ってしまっても仕方がないな。」
ジルベールは、ゆっくりと立ち上がった。
「暫くは、この貴人用の監護室にいるようにとのお達しだ。お前も知っての通り、この部屋のある階には王妃の魔術がかけられていて、何人たりとも魔術を発動することが出来ない作りになっている。部屋の外には、俺の門下の騎士が立っている。お前がここを抜け出したりしないようにな。考える時間だけはたっぷりとあるから、今後の事、きちんと考えろ。」
ゆっくりと歩いていたジルベールは、扉の前で立ち止まり、エリザベートの方へ振り向いた。
「俺が王ならば、今頃こんな騒ぎを起こしたお前を、有無を言わせず辺境の侯爵などに嫁がせただろう。お前は王女。通常ならば、王女の結婚は政治の道具の一つだ。それが王女に生まれた者の宿命だ。あの二人は、良くも悪くも人に甘い。だが、それに甘えるな。お前は人間が生ぬるいんだ。」
「伯父上は、父上と母上に力添えするのでしょう?」
王宮の一室で、エリザベートは、ジルベールと向かい合って座っている。扉の前には、リオの侍女アナスタシアが立っている。
ジルベールは、軽く笑って、
「そうとも限らないぞ。俺の父は国王だったが、母は宮殿の庭師の娘だった。俺の妻も、王都の園芸店の娘だ。禁断の愛は俺の伝統の技みたいなもんだ。」
「だったら、伯父上からも父上や母上に言って下さい。私は、クリストッフェル殿下でなければ結婚はしません。あんなに二人とも、結婚しろと言っていたのに。」
「そんなに結婚しろと言っていたか?二人とも。レオナールは別としても、王妃は、結婚しない人も多くいる世界からやってきたから、結婚しないのも一つの人生の送り方だと言っていた気がしたが。」
「言葉ではそう言っていても、結婚しろと言う無言の圧力があるのです。現に、アナスタシアだって、一生独身でも良いと言っていたのに、シルヴェストル伯父上と結婚させられたではありませんか。母上の無言の圧力は、母上の魔術並に厄介なのです。」
「おおぅ、そうか。エリザベートの母上は神に次ぐ強力な魔力を持った女だからな。無詠唱で強力な魔術も発動させるし、無言で結婚しろと暗示をかけるのも得意かもしれないな。」
「真剣に言っているのです。伯父上、からかうためにいらっしゃるのなら、一人にして下さい。」
「生憎、母親譲りの魔力と、父親譲りの身体能力を持っているお前を一人にするなと両陛下からの厳命だ。」
「やっぱり、父上と母上の味方ではないですか。私を助けてくれると思っていた姉上まで、母上の味方をして。私は一人きりです。」
ジルベールは、ため息を吐いた。
「よく思い出してみろ、エリザベート。レオナールや王妃は何と言っていた?結婚は許さないと言っていたか?」
「はい。ダメだと…」
「ダメと言ったのか?本当か?一言一句きちんと思い出せ。」
「私が、クリストッフェル殿下と結婚したいと言ったら、母上は、今はダメだと。少し落ち着いて考えなさいと。そして、待っていろと。」
「そうだ。今はダメなだけ、少しだけ待っていろと言ったんだ。」
「母上は、少し時が経てば、私が結婚を諦めると思っているのです。それか、気持が冷めるのを待っているのです。」
「何故、そうなる。国を跨いだ王子と王女の結婚だ。友好国同士であっても臣下や国民の見解が気に掛かるところだ。しかも、今回は友好国ではなく、今まで国交が断絶していた国だ。婚約の話題を出すまでにも時間が必要だ。相手は王位継承順位が低い王子だとは言え、マウリッツ王太子殿下だけでは話しが進められないだろう。色々と根回しの必要な案件だ。」
「クリストッフェル殿下が言うには、エパナスターシは、魔力を持って生まれる人がなく、魔獣討伐に苦慮されているそうです。私ならば、一人で結界を張る事も出来るし、魔獣の討伐だって行えます。けが人だって治すことが出来る。エパナスターシにしてみれば、良縁ではないですか。」
「お前は…一人きりで、尊者の役割も、聖徒の役割も、特伐隊や第一騎士団の役割もするつもりか?それが出来たとしても、そこに夫婦としての役割も加わるんだぞ。それに、クリストッフェル殿下のお気持ちは?そこは丸無視か?」
「殿下のお気持ちは、時をかけ受け入れて頂けるよう努力するつもりでした。」
「ならば、突っ走る前に、殿下に分かって頂けるような努力はできなかったか?」
「出来ませんでした。」
「それは、残念だ。」
エリザベートは小さく頷いた。
「それに、この縁組み最大の問題がある。それはお前自身だ。」
「私、ですか?」
心底、意外だと言う表情のエリザベートに対し、ジルベールは苦笑いをする。
「ご自身のお立場をお忘れですか?」
そう問いかけられても、エリザベートには心当たりがない。ジルベールはため息を漏らす。
「魔力の強さで継承順位を決める我が国では、マルゲリットに子がいると言っても、その子たち全員が洗礼を受け成人し、王位の継承順位が決まるまでは、マルゲリットの次に魔力の強いお前が、王位継承二位だ。」
「姉上には、子どもが大勢います。今は魔獣討伐へも向われないし、私たち弟妹が王位を狙うわけでもない。それに腕利きの護衛だっています。姉上に万が一など起るはずもないでしょう?」
「マルゲリットにとって何より危険なのは、魔獣や政変などではなく、出産だ。今も第五子を懐妊中で、今までは順調に出産してきたが、何が起らないとも限らんだろう。王妃だって、ルイを出産した際に、一時危ない状態になった。そんな状況下で、第二位のお前を隣国に嫁がせるには解決しないとならない問題が山積みだ。」
エリザベートは、何か思い至った顔をする。
「母上は、姉上のお腹の中にいる子が洗礼を受ける年になるまで待てと仰っていたのですか?」
「んなわけあるか。王女を側妃になど出来るわけがないから、相手の王子にだって正妃を娶らず待ってもらわなければならなくなる。十四、五年も待ったらいくつになると思ってんだ。」
「ならば、どうすれば…。」
「両陛下は、結婚と言う制度に懐疑的だったお前が、何故か前向きになってくれたことに大変喜んでいる。だから、お前の望み通り、王子のところへ嫁がせられるか色々と情報を集めていた。そもそも王子に本当にお相手がいないのか、もし成婚がなったとして我が国の王太子にもしもがあった場合、王子がこの国へ来たり、王配になることは可能なのか。お前の暴走さえなければ、話しはもう少し円滑に進んだかもしれないが…相手国は今はすっかり警戒してしまっている。」
今まで、堅苦しさのない表情をしていたジルベールは、表情を硬くする。
「エリザベートには可哀想だが、この話し、上手くはいきそうにもない。お前の独断の行動として、両陛下がクリストッフェル殿下へ正式に謝罪し、この話しはなかったことになるだろう。」
「もう一度、私の方から、父上や母上にお話しを・・」
「今回のことに、一番立腹しているのは、マルゲリットだ。我が国の信用を大きく失墜させたと酷くお怒りだ。それに、お前はレオナールや王妃がなぜ、事を急ぐな待てと言っていたのか分かっているのか?」
「それは、私の王位継承順位や、国同士の関係・・」
「それは、俺が説明した。他は?」
「他にもあるのですか?」
「お二人は、この話しを無理に進めようとするお前に不安感を抱いている。結婚したい、したいと言うばかりで、両陛下が何をどう危惧しているか全く理解しようとしていないだろう?」
エリザベートは、拗ねたように唇を尖らせた。
「二人が不安に思っていること、それを払拭しようと何か行動したか?」
エリザベートは、気の抜けたような顔を見せる。
「…何を不安に思っているのか分かってないのに、取り除くのは無理か。クリストッフェル殿下が国交を断絶していた国の王子だから悪いんじゃない。お前の覚悟が見えないから、二人は不安なんだ。そこを考えろ。それと、お前には、アナスタシアがシルヴェストルと結婚したのは王命であって、そこに二人の意思はないと思っているのか?」
エリザベートは、 ‘違うのですか?’ と聞いてきた。
「それを見て取れないでいるのならば、レオナールと王妃がお前の恋心が一過性のものだと思ってしまっても仕方がないな。」
ジルベールは、ゆっくりと立ち上がった。
「暫くは、この貴人用の監護室にいるようにとのお達しだ。お前も知っての通り、この部屋のある階には王妃の魔術がかけられていて、何人たりとも魔術を発動することが出来ない作りになっている。部屋の外には、俺の門下の騎士が立っている。お前がここを抜け出したりしないようにな。考える時間だけはたっぷりとあるから、今後の事、きちんと考えろ。」
ゆっくりと歩いていたジルベールは、扉の前で立ち止まり、エリザベートの方へ振り向いた。
「俺が王ならば、今頃こんな騒ぎを起こしたお前を、有無を言わせず辺境の侯爵などに嫁がせただろう。お前は王女。通常ならば、王女の結婚は政治の道具の一つだ。それが王女に生まれた者の宿命だ。あの二人は、良くも悪くも人に甘い。だが、それに甘えるな。お前は人間が生ぬるいんだ。」