御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
翔と梨果を会わせたくない。翔に知られたくない。姉の存在を――姉を許せないと思うこの醜い感情を、翔にだけは知られたくない。……嫌われたくない。
翔に知られて嫌われてしまうぐらいなら、まだ梨果の言うとおりにする方がましだと思ってしまうほどに。
「……わかった」
美果がぽつりと諦めの言葉を呟くと、梨果が急に態度を変えてニコッと笑顔を作った。その変わり身の早さに内心ゾッとするけれど、今は姉の本性に怯えている場合ではない。
「だからあの人には近づかないで。私の名前なんて出しても意味ないよ……だって私、本当に愛人じゃないもん」
「わかってるわよ。美果なんかが、天ケ瀬の御曹司さまに本気で相手にされるわけないじゃない。それなら家政婦と買い物してただけ、って理由の方がまだ納得出来るわよ」
フフンと鼻を鳴らす梨果の言葉にずきんと胸が痛む。
本当はそんなことはない、と否定したかった。否定する根拠はいくらでもあるはずだった。
美果と翔は紛れもなく恋人同士で、翔は何よりも美果を大切にしてくれて、いつだって美果の意思や意見を尊重してくれる。美果を大事にしてくれる。
だから姉の心ない暴言は受け流してしまえばいい。それは、分かっているのに。
胸に刺さった鋭い針が抜けない。塗られた毒に身体を蝕まれる。
梨果の悪意に晒され続けたたせいか、翔に愛されて感じていたはずの幸福が少しずつ冷えていく。嬉しい感情や楽しい気持ちが、美果の身体の中から砂のようにさらさらと崩れ落ちていく。
「お姉ちゃん、本当に……これで最後にして」