あの場所へ

3.目の前の真実

「上妻くん・・」
後ろから声をかけられた。
七海に雰囲気がそっくりな女の人が立っていた。

すぐに七海のお母さんだと分かった。

「ありがとう。来てくれたのね。」

「はい,手紙ありがとうございました。七海の具合は・・・」

「それが,骨髄液の一致する人がいて,明日には骨髄移植ができるのよ。うまく身体にあってくれたら,いいのだけど。それでうまくいけば,体力もつくだろうからって。」

俺はおばさんと並んで,
ガラス越しに七海を眺めていた。

半年振りに会う七海は,
以前よりさらに痩せて抱きしめると壊れてしまいそうな感じになっていた。

久しぶりに会うのに,
このガラス越しで七海の声さえも聞こえない,手で触って感じることもできない,もどかしさが俺をつつんでいた。


その時だった。
静かに七海の目が開いて,俺を捕らえた。

「こうづまくん・・どうして・・・」

小さく開いた唇が,そう動いた。

七海は枕元にある受話器をとると,俺にもそばにある受話器をとるように合図をすると,話はじめた。

「ごめんね。見つかっちゃた。絵葉書も出せなくなっちゃって,今つながれてるでしょう。元気だった。相変わらず真っ黒ね。合宿どうだった。きっとどこかの大学から声をかけられたでしょう。こんな私の姿を見せたくなかったの。元気になってから笑って話をしたかったの。一緒に走れるようになりたかったの。ごめんね・・・」

七海は元気な声をだそうとしていたが,どんどん声は苦しくなっていって,最後は途切れ途切れだった。

「無理すんなよ。元気になって,帰ってこい。俺はいつまでも待ってるから。俺が大学駅伝選手になって,オリンピックの選手になって,お前応援すんだろ。病気なんかに負けんなよ。」

「うん。頑張る・・・上妻くんも頑張ってね。」
そういうと,七海は受話器を置くと眼をつぶった。

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