エリートなあなた
もうすぐ3月末。すでに辞令も発表されたものの、予想通り秘書課は該当ゼロ。
秘書課への新入社員は見送りなのかな?と思っていた時、備え付けの電話が鳴り響いた。
受話器を手に取り、「専務秘書室でございます」とワントーン高い声で応じる。
「試作部の黒岩です」
「お、お疲れ様です」
「お疲れさま。吉川さん、専務は確か不在だよね?」
まさかの電話主に一瞬動揺したものの、“吉川さん”と覚えていてくれたことが嬉しかった。
「はい、一日不在ですが」
「だったら今、書類だけ持参するから」
「でしたら私がっ、」
“そちらまでお伺いしますよ”の言葉は、無機質な通話終了音に阻まれる。
静かに電話機に受話器を沈めると、途端に彼がここへ訪れるという緊張感に包まれた。