エリートなあなた


立ち止まったまま流れる無言の時間は、自分を責めるには十分すぎるものだった。


それなのに大きな手に掴まれている右手首が、じんわりと熱を帯びていく。


「吉川さん、」


たった一度呼ばれるだけで。こんなにも胸の奥が熱くなることも未だかつてなかった。


――どうして此処で認めなければならないの?…黒岩課長を好きになっている事実を。


「は、なして…くださっ」

だけれど気づいてしまった以上は、もう距離を置かなければダメ。


課長から向けられた親切心は、大切な人の苦しみを取り除くためであるから…。



「お、ねが…っ」

このままでは埒が明かない。振り返った私は零れる涙をそのままに、課長と対峙して解放を望んだ。


「――ごめんな」

すると、苦しそうに笑みを浮かべた課長から手の力が抜けた。


今はとてもダークグレイの目を直視も出来ず、視線を彷徨わせてしまう。


謝られれば謝られるほど惨めになるから息苦しい。だからこれ以上、何も言葉に出来なくて。


私は泣き顔を見られていることも構わず、どうにか一礼して専務秘書室のドアを開けて退出した。


< 30 / 367 >

この作品をシェア

pagetop