早河シリーズ第三幕【堕天使】
【禁断の果実】
手にすべきではないこと、欲しいと思っても手にすることは禁じられていること、それを知ることにより、さらに魅力が増して欲望の対象となるもののこと。
不法、不道徳、耽溺《たんでき》や性的な快楽を意味する隠喩。
禁断の果実を手にした者は欲望に溺れ、禁忌を犯す。
*
4月2日(Tue)
相澤直輝と莉央の正式な婚約を取りまとめる会食が高級ホテルのレストランで開かれた。
レストランの個室には相澤グループトップでこの婚約の立役者の相澤会長と会長夫人、相澤会長の息子で直輝の父親の相澤社長、樋口家からは雅子と俊哉、そして莉央と直輝の七名が集まっていた。
大きな丸いテーブルに設けられた各人の席は時計回りに12時方向に相澤会長、2時方向に相澤社長、俊哉、6時方向に雅子、8時に莉央、莉央の隣に直輝、11時方向に相澤会長夫人の並びだ。
会食の最中も話の主導権を握るのは相澤会長と雅子、会長夫人の三人。そこに直輝が加わり相槌を打っている。
結納から式の日取りや式場、披露宴会場、ハネムーンの行き先などを相澤会長と夫人、雅子の三人が話し合い、莉央の意見を挟む余地はない。
莉央は言われたことに愛想笑いを返して頷くだけ。直輝は祖父と祖母、雅子の機嫌をとるように笑顔を振る舞っている。
莉央はテーブルの向かい側にいる俊哉を見ていた。彼は器用にナイフとフォークを動かして料理を口に運び、隣席の相澤社長と親しげに会話をしていた。
(私の婚約が正式に決まったのにお兄さんは楽しそうに笑ってる)
社交辞令だとわかっていても、莉央の婚約の話が飛び交う会食の場で取り繕って平然としている俊哉の態度が気に入らない。
(でもそれじゃあ私は俊哉お兄さんにどうして欲しいの? 勝手なのは私の方だ。手離して欲しいのに手離して欲しくない)
手洗いを名目に中座する俊哉の背中を莉央は見つめていた。
俊哉を見つめる莉央の視線の意味に気付いた者がこの中にひとりだけいたことを、莉央も俊哉もまだ知らなかった。
レストランを出た俊哉は壁や絨毯に雅な装飾が施されたホテルの喫煙所に入った。彼は煙草をくわえて壁にもたれる。
(来年の6月……それまでに莉央を手離せるのか自信ねぇなぁ)
莉央の結婚式の日取りが相澤会長と雅子によって来年の6月に決定した。莉央の結婚がだんだんと現実味を帯びていくことに憤りとやり場のない想いが込み上げてくる。
(だいたい、なんで莉央の結婚が決まる会食に俺が出席しなくちゃならねぇんだ)
長男の宏伸は取引先の接待で今日は不在。樋口家からの出席者が雅子だけでは人数的に見劣りするため、数合わせとして次男の俊哉が出席する次第となった。
本音はこんな会食に出たくはなかった。
手にすべきではないこと、欲しいと思っても手にすることは禁じられていること、それを知ることにより、さらに魅力が増して欲望の対象となるもののこと。
不法、不道徳、耽溺《たんでき》や性的な快楽を意味する隠喩。
禁断の果実を手にした者は欲望に溺れ、禁忌を犯す。
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4月2日(Tue)
相澤直輝と莉央の正式な婚約を取りまとめる会食が高級ホテルのレストランで開かれた。
レストランの個室には相澤グループトップでこの婚約の立役者の相澤会長と会長夫人、相澤会長の息子で直輝の父親の相澤社長、樋口家からは雅子と俊哉、そして莉央と直輝の七名が集まっていた。
大きな丸いテーブルに設けられた各人の席は時計回りに12時方向に相澤会長、2時方向に相澤社長、俊哉、6時方向に雅子、8時に莉央、莉央の隣に直輝、11時方向に相澤会長夫人の並びだ。
会食の最中も話の主導権を握るのは相澤会長と雅子、会長夫人の三人。そこに直輝が加わり相槌を打っている。
結納から式の日取りや式場、披露宴会場、ハネムーンの行き先などを相澤会長と夫人、雅子の三人が話し合い、莉央の意見を挟む余地はない。
莉央は言われたことに愛想笑いを返して頷くだけ。直輝は祖父と祖母、雅子の機嫌をとるように笑顔を振る舞っている。
莉央はテーブルの向かい側にいる俊哉を見ていた。彼は器用にナイフとフォークを動かして料理を口に運び、隣席の相澤社長と親しげに会話をしていた。
(私の婚約が正式に決まったのにお兄さんは楽しそうに笑ってる)
社交辞令だとわかっていても、莉央の婚約の話が飛び交う会食の場で取り繕って平然としている俊哉の態度が気に入らない。
(でもそれじゃあ私は俊哉お兄さんにどうして欲しいの? 勝手なのは私の方だ。手離して欲しいのに手離して欲しくない)
手洗いを名目に中座する俊哉の背中を莉央は見つめていた。
俊哉を見つめる莉央の視線の意味に気付いた者がこの中にひとりだけいたことを、莉央も俊哉もまだ知らなかった。
レストランを出た俊哉は壁や絨毯に雅な装飾が施されたホテルの喫煙所に入った。彼は煙草をくわえて壁にもたれる。
(来年の6月……それまでに莉央を手離せるのか自信ねぇなぁ)
莉央の結婚式の日取りが相澤会長と雅子によって来年の6月に決定した。莉央の結婚がだんだんと現実味を帯びていくことに憤りとやり場のない想いが込み上げてくる。
(だいたい、なんで莉央の結婚が決まる会食に俺が出席しなくちゃならねぇんだ)
長男の宏伸は取引先の接待で今日は不在。樋口家からの出席者が雅子だけでは人数的に見劣りするため、数合わせとして次男の俊哉が出席する次第となった。
本音はこんな会食に出たくはなかった。