早河シリーズ第三幕【堕天使】
『俊哉さん』
名を呼ばれて俊哉は伏せていた顔を上げた。今一番顔を見たくない人物、相澤直輝が喫煙所の扉を開けて入って来る。
(なんで今コイツが来るんだよ)
莉央の婚約者である相澤直輝の顔など見たくない。同じ空間にもいたくない。しかしそれを露骨に出すわけにもいかない俊哉は精一杯の愛想を向ける。
『主役が抜け出してこんなところに来ていいんですか?』
『かまいませんよ。今日の主役は祖父で僕はおまけみたいなものです。それに僕がいなくても話は進みます』
相澤も煙草をくわえてベンチに腰を降ろした。
『莉央さん、今日は元気がないようですね』
『そうですか? 莉央はいつもあんな感じですよ。面白みのない妹なので相澤さんには物足りないのでは?』
『いいえ。物足りないどころか僕には勿体ないくらいのお嬢さんですよ』
壁にもたれる俊哉とベンチに座る相澤は互いの顔を見ることなく上辺だけの言葉を交わす。喫煙所には二人分の煙草の煙が漂っていた。
『僕には妹はいないのでこれは憶測になりますが、お兄さんとしてはあんなに綺麗な妹がいるのも大変でしょうね』
『……大変とは?』
『僕がもし莉央さんの兄ならば、彼女をどこにも出したくないと思ってしまいそうで。どんな男にも渡したくない、自分だけのモノにして一生離したくない……そんな戯言が浮かんでしまって』
相澤の含みのある物言いに俊哉の心拍数が上がる。
(コイツ……まさか俺と莉央の関係に勘づいているんじゃないだろうな?)
俊哉の視線に気付いた相澤は口元を斜めにして俊哉を見返した。
もしも俊哉が莉央を愛していることが相澤に知れたらどうなる? 婚約は破談になる?
それとも問題なく結婚の話は進み、来年には俊哉は花嫁の兄として結婚式に出席する未来が待っているのか。
(どちらにしろ俺とのことが知られないで済むならそっちの方が莉央のためだよな)
かつて秘書で恋人でもあった根岸響子に莉央との関係を知られた時も同じだった。
自分はどれだけ糾弾されてもかまわないが、莉央を白い目で見られることは避けたかった。莉央を守りたかった。
(莉央の前でいつまでもいい兄貴でいられたらよかったんだけどな)
こんな時には兄としての気持ちが優位に出てしまうのかもしれない。
『お兄さんにこんな話をするべきではありませんが、莉央さんは僕と交際する前にすでに男を知っていました。高校生で性行為の経験があっても不思議ではないですけど、莉央さんの場合は彼女の性格を考えると意外でしたね』
『莉央に男がいたって話は初耳ですね。アイツ、見た目はいいからモテるのかな』
彼はあえて相澤と目を合わせて頷いて見せた。ここで目をそらしたり挙動不審な態度をとれば終わりだ。
『そのご様子だと俊哉さんは莉央さんの想い人に心当たりはないのですか?』
『ええ、まったく。妹は色恋には疎いものだと思っていました』
『色恋には疎い……本当にそうでしょうか? 莉央さんは今日はずっと俊哉さんを目で追っていましたよ。俊哉さんはわざと莉央さんを見ないようにしていらした』
壁から背を離した俊哉は設置された灰皿に煙草を捨てる。相澤はベンチに座ったまま俊哉の表情を観察していた。
『莉央とは席が向かい合っていますし、俺はあなたのお父様と話し込んでいましたから。そう見えたのは相澤さんの気のせいでは?』
俊哉は相澤の追及をかわして喫煙所の扉に手をかけた。振り向き様に相澤を見る。
『俺は戻ります。相澤さんはどうします?』
『僕はもうしばらくここに居ます』
『ではお先に』
名を呼ばれて俊哉は伏せていた顔を上げた。今一番顔を見たくない人物、相澤直輝が喫煙所の扉を開けて入って来る。
(なんで今コイツが来るんだよ)
莉央の婚約者である相澤直輝の顔など見たくない。同じ空間にもいたくない。しかしそれを露骨に出すわけにもいかない俊哉は精一杯の愛想を向ける。
『主役が抜け出してこんなところに来ていいんですか?』
『かまいませんよ。今日の主役は祖父で僕はおまけみたいなものです。それに僕がいなくても話は進みます』
相澤も煙草をくわえてベンチに腰を降ろした。
『莉央さん、今日は元気がないようですね』
『そうですか? 莉央はいつもあんな感じですよ。面白みのない妹なので相澤さんには物足りないのでは?』
『いいえ。物足りないどころか僕には勿体ないくらいのお嬢さんですよ』
壁にもたれる俊哉とベンチに座る相澤は互いの顔を見ることなく上辺だけの言葉を交わす。喫煙所には二人分の煙草の煙が漂っていた。
『僕には妹はいないのでこれは憶測になりますが、お兄さんとしてはあんなに綺麗な妹がいるのも大変でしょうね』
『……大変とは?』
『僕がもし莉央さんの兄ならば、彼女をどこにも出したくないと思ってしまいそうで。どんな男にも渡したくない、自分だけのモノにして一生離したくない……そんな戯言が浮かんでしまって』
相澤の含みのある物言いに俊哉の心拍数が上がる。
(コイツ……まさか俺と莉央の関係に勘づいているんじゃないだろうな?)
俊哉の視線に気付いた相澤は口元を斜めにして俊哉を見返した。
もしも俊哉が莉央を愛していることが相澤に知れたらどうなる? 婚約は破談になる?
それとも問題なく結婚の話は進み、来年には俊哉は花嫁の兄として結婚式に出席する未来が待っているのか。
(どちらにしろ俺とのことが知られないで済むならそっちの方が莉央のためだよな)
かつて秘書で恋人でもあった根岸響子に莉央との関係を知られた時も同じだった。
自分はどれだけ糾弾されてもかまわないが、莉央を白い目で見られることは避けたかった。莉央を守りたかった。
(莉央の前でいつまでもいい兄貴でいられたらよかったんだけどな)
こんな時には兄としての気持ちが優位に出てしまうのかもしれない。
『お兄さんにこんな話をするべきではありませんが、莉央さんは僕と交際する前にすでに男を知っていました。高校生で性行為の経験があっても不思議ではないですけど、莉央さんの場合は彼女の性格を考えると意外でしたね』
『莉央に男がいたって話は初耳ですね。アイツ、見た目はいいからモテるのかな』
彼はあえて相澤と目を合わせて頷いて見せた。ここで目をそらしたり挙動不審な態度をとれば終わりだ。
『そのご様子だと俊哉さんは莉央さんの想い人に心当たりはないのですか?』
『ええ、まったく。妹は色恋には疎いものだと思っていました』
『色恋には疎い……本当にそうでしょうか? 莉央さんは今日はずっと俊哉さんを目で追っていましたよ。俊哉さんはわざと莉央さんを見ないようにしていらした』
壁から背を離した俊哉は設置された灰皿に煙草を捨てる。相澤はベンチに座ったまま俊哉の表情を観察していた。
『莉央とは席が向かい合っていますし、俺はあなたのお父様と話し込んでいましたから。そう見えたのは相澤さんの気のせいでは?』
俊哉は相澤の追及をかわして喫煙所の扉に手をかけた。振り向き様に相澤を見る。
『俺は戻ります。相澤さんはどうします?』
『僕はもうしばらくここに居ます』
『ではお先に』