無愛想な天才外科医と最高難度の身代わり婚~甘く豹変した旦那様に捕まりました~【職業男子×溺愛大逆転シリーズ】
 裁縫道具を片付け、今度は机の下からカゴを取り出した。中には、今まで作った大量の服をクッション代わりにしてミカちゃん人形が横たわっている。
 塗装がところどころ剥げかけたミカちゃん人形は、裁縫箱と一緒に両親からプレゼントしてもらった二代目だ。女の子がきっと一度は遊ぶであろう着せ替え人形。幼い頃の由惟も、もれなくどハマりした。

 既製服を着せ替えるだけでは飽き足らず、自分で服を作るようになってから裁縫にのめり込んだ。一時期は自分の服を作ってみたりもしていたが、横井家に引き取られてからは生地を買う余裕がなくなり、再びミカちゃん人形の服を作り始めていた。人間の服よりもはるかに小さいドール用は、生地の消費が少なくお財布に優しいという理由で。

 この趣味がなかったら、きっと自分はもっと早くダメになっていた。
 静子からは罵声と共に暴力を振るわれ、横井からはセクハラまがいのことを仕掛けられ。十年という長い期間虐げられ続けてきた由惟の心は、折れないまでも確実にすり減っていた。そんな中で、ミカちゃん人形の服を作っている時だけは辛い現実から逃れられた。

「この家から出たら……また自分の服も作ろうかな」

 今日みどりから貰ったお金があれば、それも夢じゃない。
 やっとこの家から抜け出せる。由惟は胸に両手を当てて、今日何度も押し寄せた喜びを再び噛み締めた。

 高校を卒業した後は、問答無用で横井医科工業で働くことを余儀なくされたが、働いた分の給料が支払われることはなかった。食費を切り詰めることでなんとか貯金をしていたが、それも生活必需品を買うだけで消えていく。靴を一足買うにも頭を下げて買ってもらわなければならない生活は、惨めの一言に尽きた。
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