無愛想な天才外科医と最高難度の身代わり婚～甘く豹変した旦那様に捕まりました～【職業男子×溺愛大逆転シリーズ】

　やり残していた全ての家事を終え、部屋に戻ると時刻は深夜〇時を過ぎていた。
　
　今日は色んなことがありすぎた。
　車に轢かれかけ、代理でお見合いに出席するなんて、人生を三週してもそうあることではないだろう。爽やかな笑顔から一転して、侮蔑の目を向ける真紘の顔は絶対に忘れられない。それに、静子から叩かれた肩はまだ痛んでいる。明日には痣になっているかもしれない。
　
　脳内が情報過多で、疲れているはずなのにベッドで横になっても一向に眠気が訪れなかった。

　仕方なく由惟は机に向かい、足下に隠すようにしまっていた裁縫箱を取り出した。眠れない時は、趣味に勤しむのに限る。

　味わい深い桐の裁縫箱は、十五歳の誕生日に両親からお祝いとして贈られたものだった。直後に交通事故に巻き込まれ、両親は帰らぬ人となってしまったので、これが最期のプレゼントだ。以来ずっと大切に使っている。

　糸を通したままの針を針山から抜き、裁縫箱に一緒に入れていた縫いかけの生地に針を通した。元は百円ショップのハンカチだが、端処理をちゃんとすれば普通の生地になる。お金がない由惟にはありがたい限りだった。

　ズレないように注意しながら針を進めていると、騒ついていた心がだんだんと凪いでくる。
　意識を手元に集束し、由惟は無心になって手を動かした。

　そうして完成したのは、全長二十センチのドール用ワンピース。ウエストにギャザー切り替えにあるフレアワンピースだ。ハンカチの小花柄が可愛い。我ながら今回もよくできたと思う。