早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 街でドラマのロケ現場には遭遇した経験があるなぎさだが、あくまでも一般人の領域からであった。関係者のひとりとして撮影現場をこんなに間近で見物するのは初めてだ。

本番前のリハーサルでスタッフが役者の立ち位置、距離感、衣装やメイクのチェックをする。この空気、この緊張感。比べ物にはならないが高校時代に所属していた演劇部の稽古を思い出した。

 クランクインを迎えた本庄玲夏主演の新春放送のスペシャルドラマは人気推理小説家、柏木都《かしわぎ みやこ》の同名小説が原作のサスペンスドラマ。

タイトルは【黎明《れいめい》の雨】。

 現在、火曜日に放送されている連続ドラマでは刑事役を熱演する玲夏がこのスペシャルドラマで演じるのは妹を殺した殺人の容疑をかけられ、妹の死の真相を追う中学教師の白峰柚希役。

相手役の一ノ瀬蓮は柚希の妹が殺された殺人事件を捜査する刑事、遠山恭吾役。

 玲夏も蓮も今日がクランクイン。ヘアメイクの最終チェックを済ませると本番が始まった。スタートの合図と共にカメラが回り、その場の空気を役者が支配する。

玲夏は柚希に、蓮は恭吾としてそこに存在していた。
二人が作り出す黎明の雨の世界になぎさは瞬時に引き込まれた。

(いけない、いけない。演技に見入ってしまった。なんのためにスタジオにいるのよ私は!)

 名目は玲夏の付き人。しかし本来の目的は不審な動きをする怪しい人物を見つけ出すこと。

この新春スペシャルドラマの撮影チームで吉岡社長が挙げた嫌がらせの容疑者は役者、スタッフ含めて五人いる。

『北澤さん入りまーす』

男性スタッフの声が響いてなぎさはスタジオの入り口に目を向けた。スタッフに連れられて颯爽と現れたのは俳優の北澤愁夜。
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