早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
日が暮れた頃に隼人は早河探偵事務所を訪れた。早河から佐々木里奈がアゲハの可能性が高まっていると報告を受けた彼は驚きを隠せない。
やはり、と、まさか、が行ったり来たり。アゲハは里奈ではないかと疑いつつも里奈ではないと信じたかった。
自分の過去の行いせいで美月が苦しめられているかと思うと一気に憂鬱さが増す。
憂鬱と苛立ちを抱えて大田区の自宅に戻った隼人は家の鍵が開いていることに気付いた。この家の合鍵を持っているのは美月だけだ。
(美月……ではないよな。アイツは今は静岡だし、美月なら鍵を閉めるはずだ)
彼女が東京に戻ってきてここにいる、一瞬浮かんだ都合のいい甘い考えをすぐに払拭した。
玄関には赤いパンプスが揃えて置かれていた。リビングからは灯りが漏れている。
用心深くリビングに通じる扉を開けると、そこには隼人の予想した通りの人物がソファーに座っていた。
「お帰りなさい」
バーで出会ったあの女が微笑んでいる。隼人は苦笑いしてリビングに入った。
『やっぱりあんたか。人の部屋に勝手に入って』
「不法侵入で通報する?」
今夜も彼女は黒いワンピースを着ていた。しかしバーで着ていたワンピースはもっとドレッシーな物だった。
今はカジュアルにデニムジャケットを羽織った彼女の、レースをあしらった裾がソファーに広がっている。
『そうしたいところだが止めておくよ。あんたのおかげで犯人がわかりそうなんだ』
隼人は彼女の隣に腰を降ろした。二人掛けのソファーの隣にはいつも美月がいた。
今隣にいるのは、一度会っただけの得体の知れない怪しげな女。
勝手に鍵を開けて勝手に自宅に入られる不作法を行われても不思議と嫌ではなかった。
「私の正体、なぎさから聞いた?」
『ああ。犯罪組織のクイーンなんだろ? それに香道さんと麻衣子の友達だって言ってた』
「友達か……」
悲しそうに優しげに、彼女は口元を上げた。なぎさに“友達”と言われたことを彼女はどう受け止めたのか。
『あんたの名前が寺沢莉央ってことも聞いたよ』
「そう」
『教えてくれ。どうして犯罪組織の人間が俺達を助けようとしてくれるんだ?』
「人を助けるのに理由がいる?」
迷いのない彼女の答えに隼人は戸惑う。
『あんたの場合は別じゃないか? アゲハはあんたの仲間なんだろう? あんたがしてることは仲間の計画を邪魔してることにならないか?』
「今回は特別。あなた達を助けたくなったから助けただけよ」
彼女はソファーの背にもたれて小さな顔をわずかに傾けた。隼人の肩に莉央のふわりと巻かれた髪が触れる。
この女から目が離せないのはどうしてだろう。彼女の漆黒の瞳に惹き付けられる。
『あんた、犯罪組織のクイーンなんて言ってるけど本当はいい人だろ?』
「いい人……私には似合わない言葉ね」
隼人を捉えていた瞳が逸らされ、触れていた身体が離れた。彼女がソファーから立ち上がる。
「これで終わったわけじゃないわよ」
『え?』
「人の心の闇は簡単には消えない。気を付けてね」
最後に微笑みを残して彼女は部屋を出ていった。玄関の扉が閉まる音がするまで隼人は硬直していた。
優美な微笑みの中に宿る二つの瞳は棘のように鋭く、闇のように深く暗い眼差しに射抜かれて、ゾクリと鳥肌が立っていた。
やはり、と、まさか、が行ったり来たり。アゲハは里奈ではないかと疑いつつも里奈ではないと信じたかった。
自分の過去の行いせいで美月が苦しめられているかと思うと一気に憂鬱さが増す。
憂鬱と苛立ちを抱えて大田区の自宅に戻った隼人は家の鍵が開いていることに気付いた。この家の合鍵を持っているのは美月だけだ。
(美月……ではないよな。アイツは今は静岡だし、美月なら鍵を閉めるはずだ)
彼女が東京に戻ってきてここにいる、一瞬浮かんだ都合のいい甘い考えをすぐに払拭した。
玄関には赤いパンプスが揃えて置かれていた。リビングからは灯りが漏れている。
用心深くリビングに通じる扉を開けると、そこには隼人の予想した通りの人物がソファーに座っていた。
「お帰りなさい」
バーで出会ったあの女が微笑んでいる。隼人は苦笑いしてリビングに入った。
『やっぱりあんたか。人の部屋に勝手に入って』
「不法侵入で通報する?」
今夜も彼女は黒いワンピースを着ていた。しかしバーで着ていたワンピースはもっとドレッシーな物だった。
今はカジュアルにデニムジャケットを羽織った彼女の、レースをあしらった裾がソファーに広がっている。
『そうしたいところだが止めておくよ。あんたのおかげで犯人がわかりそうなんだ』
隼人は彼女の隣に腰を降ろした。二人掛けのソファーの隣にはいつも美月がいた。
今隣にいるのは、一度会っただけの得体の知れない怪しげな女。
勝手に鍵を開けて勝手に自宅に入られる不作法を行われても不思議と嫌ではなかった。
「私の正体、なぎさから聞いた?」
『ああ。犯罪組織のクイーンなんだろ? それに香道さんと麻衣子の友達だって言ってた』
「友達か……」
悲しそうに優しげに、彼女は口元を上げた。なぎさに“友達”と言われたことを彼女はどう受け止めたのか。
『あんたの名前が寺沢莉央ってことも聞いたよ』
「そう」
『教えてくれ。どうして犯罪組織の人間が俺達を助けようとしてくれるんだ?』
「人を助けるのに理由がいる?」
迷いのない彼女の答えに隼人は戸惑う。
『あんたの場合は別じゃないか? アゲハはあんたの仲間なんだろう? あんたがしてることは仲間の計画を邪魔してることにならないか?』
「今回は特別。あなた達を助けたくなったから助けただけよ」
彼女はソファーの背にもたれて小さな顔をわずかに傾けた。隼人の肩に莉央のふわりと巻かれた髪が触れる。
この女から目が離せないのはどうしてだろう。彼女の漆黒の瞳に惹き付けられる。
『あんた、犯罪組織のクイーンなんて言ってるけど本当はいい人だろ?』
「いい人……私には似合わない言葉ね」
隼人を捉えていた瞳が逸らされ、触れていた身体が離れた。彼女がソファーから立ち上がる。
「これで終わったわけじゃないわよ」
『え?』
「人の心の闇は簡単には消えない。気を付けてね」
最後に微笑みを残して彼女は部屋を出ていった。玄関の扉が閉まる音がするまで隼人は硬直していた。
優美な微笑みの中に宿る二つの瞳は棘のように鋭く、闇のように深く暗い眼差しに射抜かれて、ゾクリと鳥肌が立っていた。