早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 隼人の自宅のあるマンションを出た寺沢莉央は徒歩で環状七号線に繋がる脇道に入った。
そこに待機させていた車とは別の車が停まっている。彼女は溜息の後に、ある人物の名を呼んだ。

「ケルベロス。そこで何をしているの?」

莉央に名指しされたケルベロスが闇の中から姿を見せる。

『クイーンの護衛です』
「監視じゃなくて?」
『俺は貴女が心配なだけです』
「心配? どうして?」

 莉央に見据えられたケルベロスは困った顔で肩を落とす。自信過剰で笑いながら殺戮を繰り返す彼がこのような弱々しい表情を見せるのは莉央の前だけだ。

『木村隼人……あの男は危険です』
「危険って、それをあなたが言わないでよ。あなたほど危険な男もいないわよ。ここで待たせていた車は?」
『下がらせました。俺が代わりに屋敷まで送ります』

彼が後部座席の扉を開いた。莉央はまだ一歩も動かず、ケルベロスの横顔をねめつける。

「“あちらの仕事”を放り出してもいいの?」
『少しくらい持ち場を離れていても問題ありません』

 ケルベロスは仕事を放り出して莉央を送迎するためだけにここまで来たのだ。困った男だ。
ここで押し問答をしても無駄だと悟った彼女は素直にケルベロスの車に乗った。

『浅丘美月も木村隼人もカオスに不利益をもたらす存在です。俺にはキングが何故、あのような普通の小娘に関わるのか不思議でなりません』
「わかっていないのね。彼女が本当に“普通の小娘”ならキングはあの子に興味を持っていない」

 車は脇道をのろのろと進んで環七通り(環状七号線)に出た。道の両脇には住宅やビルが密集している。

『キングがクイーン以外の女に興味を抱くことに貴女は平気なんですか?』
「そうね……平気かな。キングの私への興味と浅丘美月への興味は種類が違うから。私にはわかるの。要らぬ心配よ」

ケルベロスの車は環七通りを走行して大森方面に向かっている。貴嶋の屋敷がある港区とは明らかに反対方向だ。

「送ってくれるんじゃなかったの?」
『申し訳ありません』
「あなたも馬鹿な人ね……」

 ケルベロスが待っていた時点でこうなることは予想はついた。今さら小言を言っても仕方ない。

今夜は貴嶋も所要で屋敷を留守にしている。彼の帰宅時間は明け方の予定だ。貴嶋の帰宅までに屋敷に戻っていれば問題ない。
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