水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です
20.

「なんで私、シェガールの畑に……」
 目を開けて閉じて繰り返しても目の前の光景に変化はない。
 そこには見事なニンジン畑。空へと向かって伸びた葉はまるで収穫されるのを今か今かと待ちわびているように揺れている。
 
 …………って、葉が揺れている?
 
 そこで私の頭はふと冷静になった。
 この光景はもう見慣れたものだ。
 
 今からちょうど半年ほど前である時期、つまり私がユーリスと出会う少し前にも目にしたし、収穫も終えた。
 
 とどのつまりこの光景が目の前にあることはあり得ないのだ。
 ここはユーリスの屋敷の花壇の部屋ではないのだから、収穫時期というのは1年に一度しかこない。
 
 じゃあここは、シェガールの畑と見間違うほどのこの場所はどこなのか。

 その問いは正面から凄い勢いで走ってくる少女と、その少女がかけよった少年の姿を目にしたことによって解決した。
 
「ユーリス!!」
「っと……ルピシア! いきなり飛びついたら危ないよ。今はルピシアと先生のお陰で何とか調整出来るようになったけど、それでもふとした拍子に魔力が暴走するかもしれないだろ?」
「はーい」
 
 返事だけはいいその少女と、少女に危ないと言い聞かせながらも愛おしそうに少女の頭を撫でるその少年のどちらにも見覚えがあった。
 幼い頃の私と、子どものユーリスである。
 ユーリスの方は以前大人の彼が幼児化した時よりも成長してはいるものの、顔にはまだあどけなさが残っている。
 
「今日はね、ニンジンのグラッセ作ったの!」
「そうか、ルピシアの手料理は美味いから楽しみだ」
「へへへ」
 
 少女は幸せそうに少年を見上げて笑う。
 少年は少女の小さな手を握ると、シェガール家へと向かって2人で歩き出す。
 
 ああ、なんて幸せな夢なのだろう。
 少年少女が家へと帰るその後ろ姿をもっと見ていたい。
 そう思った途端、どこからか無機質な声が響く。
 
『記憶媒体データに一部損傷あり。繰り返します。記憶媒体データに一部損傷あり』
 
 警告音のようなそれが止まると再び目の前の光景が変わる。
 昼から夜へと、畑から家の中へと。
 目の前にいる2人の人物は変わらないまま。
 けれど少年と少女のその顔は先程からは想像できないほどに崩れていた。
 
「なんで帰るの? ずっと一緒に居てくれるって約束したのに……」
「ごめん、ルピシア」
「私がいい子じゃないから? いつもユーリスを困らせる、から」
「それは違う、ルピシア。私は何度もルピシアに救われたんだ。お前に会わなかったらきっと私はずっと魔力暴走に怯えて暮らしていた」
「じゃあなんで……」
「私は帰らないといけないんだ。ルピシアと一緒に居られるように、お前を幸せにできるように勉強をしなくちゃならない」
「私は今も幸せだよ?」
「……ルピシア、私はお前に見合う男になっていつかお前の元へ帰ってくる。だからその時はまた私のことを受け入れてくれないか?」
「イヤ!!」
 
 その少年はもう進む道を決めているのだろう。おそらく少女もそれが分かっているはずなのだ。
 そして逃げてもなんの意味もないことも。
 それでも走る。
 走って走って走って、その場から固定された私の視界からは消えてしまった。
 
 残ったのは少年だけ。
 そしてちょうど私からは死角になっていた少年の背後にいたらしい真っ黒いコートを羽織った長身の男性が少年の前へとしゃがみこむ。
 
「では私はルピシアの記憶は封じてくるから、ユーリスはここで待ってなさい」
「……はい」
「はぁ……仕方ない。君にこれをあげよう」
 そう言うと男性はコートの中から私が割ってしまったものとよく似ていた水晶を取り出した。
 
「これは! ……ありがとうございます」
 少年はその水晶が何か良く分かっているようで、男性から受け取ると宝物のように抱いて、声を殺して大粒の涙を水晶の上へと降らせた。
 
 長身の男性が立ち去り、1人になってしまった少年へと手を伸ばしかけたその時、高音の警告音とともに『修復不可』と切り捨てるようなアナウスが聞こえた。
 
 
 一瞬だけ視界は真っ黒へと変わり、そして私の前の光景は花壇へと戻った。
 
 一体なんだったのか。
 
 夢、ではないのだろう。
 短すぎるし、それに何よりあれは夢ではないと目の前に立つ男が物語っている。
 
「ルピシア、大きくなったね」
「先生……」
 
 先ほど見た光景の中でユーリスに水晶を渡した長身の男性とよく似たその男を私は無意識に『先生』と呼んでいた。
 
「ハッキリと思い出したわけじゃない、か。だが魔力の返還は終わっているし、何より水晶が割れたってことはもうそろそろで間違いないだろう」
 アゴに手を当てながら唸る『先生』はさっき私の身に起こったことを知っていそうだ。
 
 それに私とユーリスの関係も。
 
 あれが夢でないのなら、実際に起こったことならば私達は昔会っていることになる。
 そうなら私とユーリスの関係を結ぶものは、水晶に選ばれたお飾り妻なんかじゃないはずだ。
 
「先生、教えてください。私が忘れていることを」
 真っ黒いコートを引っ張るようにして私は先生へと縋る。
 
 まるで答えに飢えた生徒のように。
 
「ルピシア。君はもうすぐで思い出せるはずだ。だからその答えは今私の口から話すべきではない」
「なん、で……」
「じゃあ僕は帰るよ。あまり長く研究室を留守にするわけにはいかないからね。ああ、そうそう。その水晶を割ったことは気にしなくていいよ。そういうタイミングだっただけだからね」
 
 先生は私の頭にポンと手を乗せると空気に溶けるようにして消えてしまった。
 
 
「もうすぐで思い出す、か……」
 
 さっきは知りたいという思いが先走ってしまったけれど、その記憶を思い出したら私とユーリスの関係はどう変わるのだろう。
 
 初めはお飾りでも良かった。
 お金もらえたし、何より彼はお飾りの妻だろうとなんだろうと私に必要なものを与えてくれたから。
 それから接していく中で、なんだかんだ言って優しいユーリスとちゃんと家族になりたいと思った。
 お飾りだろうと妻は妻なのだから家族になれるだろうと。
 
 けれど今はもっとユーリスに近づきたいと思ってしまう。
 
 私は知りたいのだ。
 
 ユーリスのことを。
 この気持ちの名前を。
 そしてこれから私達が結ぶ関係を。

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