聖女の響神歌 ~無能と呼ばれた聖女は愛する人のために真の力を発現するらしい~
9.
 新聞を読む手を止めていると、たまに彼は自分のことを話してくれた。
 情報収集を生業としていること。直接人を殺したことはないが、自分の情報によって多くの人の生活が変わっていくこと。

 人が死んでいくのも何度と目の当たりにしてきた。

 そしてなぜ人は死ぬのかが知りたくなった。
 本当に神という、全てを決める存在がいるのか知りたくなった。

 神を知るために聖女について調べることにしたのだという。そしてようやく『無の聖女』と呼ばれる存在に出会った。

「あなたに出会って、神は良くも悪くも平等であることを理解した。善人とか悪人とか、信仰心とか関係ないんだって。その時やっと、幼い頃に両親が死んだのも、悪人が生きているのも、そういうもんなんだって納得できたんです。もちろんあなたにとって神という存在はそういうものではないと思う。それでも俺にとっての神とはそういう存在で。だから信じたいと思った」

 神を信じる理由は人それぞれ。彼にとっての神は人に平等な死を与える存在らしかった。

 だから信用出来ると。
 多くの死を目の当たりにしてきた彼だからこその理由だと感じた。

「私もあなたと出会って良かったと思っているの。このままここで眠ってしまいたいとさえ思う」
「それは、苦しまずに済むから?」
「そうかもしれない」

 彼は私を否定しない。
 私がこの能力を持ち続けている限り、彼にとって価値のある人間で有り続けることが出来る。

 彼といると楽なのだ。怯えなくて済む。
 けれど、いつまでもこうしている訳にはいかないことは分かっている。

 城を飛び出る際、彼は旅に出ると言った。
 そして少ししたらちゃんとシャンスティに戻るとも。

 私はただ彼を理由に逃げているに過ぎないのだ。

「帰りたくなりましたか?」
「いいえ。でも、帰らなきゃ。怖くてもちゃんと向き合わないと。ねぇ一緒に来てくれる?」
「それをあなたが望むなら」

 彼は私の髪を撫でた。温かい手だ。

「大丈夫。俺がついてますから。だから安心して寝てください」

 彼の言葉に身を任せ、ゆっくりと瞼を閉じる。
 まどろみに溶け、再び目を開いた時には私は馬車の中にいた。

 小さく揺れる馬車のカーテンをチラリと捲れば、外には見慣れた風景がある。戻ってきたのだ。

 もう少し走らせれば屋敷に着く。
 怖さはある。けれど手が届く場所にいる彼はまだ、私を忘れてはいなかった。

 彼に手を繋いでもらいながら、屋敷の前に立つ。すーはーと何度も深呼吸を繰り返し、ベルを鳴らす。すぐに使用人が出てきて、そして目を丸くした。

「お嬢様! お嬢様が帰っていらっしゃいました!!」
 その叫びに緊張が一気にほぐれた。まだこの屋敷に居場所が残っているのだと実感出来たから。

 良かったと、胸をなで下ろしたのも束の間。屋敷の奥から声が飛んでくる。

「シーリア、あなたどこに行ってたの!」

 お姉様の声だった。ドスドスと音が出そうなほど、力強い足取りでこちらへと向かってくる。

 怒っている。
 覚えていてくれているのは嬉しいが、怒られたい訳ではない。ビクビクと震えていると、背中に手を回された。

「心配したんだから。私もお父様もお母様も、もちろんばあやだって」
 私が帰ってきたことが伝わったのか、玄関には少しずつ人が増えていった。誰もが良かったと涙を溢している。みんな、覚えていてくれたんだ。そのことが嬉しくて私の目からもボロボロと涙が溢れた。

「私、まだここにいていいんだ」
「何言っているのよ、ここはあなたの家でしょ」
「でも、忘れられてたら」
「……知ってしまったのね」
「お姉様は知ってたのね」
「隠していてごめんなさい。私の代わりに帝国へ行くと言ってくれた時、シーリアが自分の能力に気付いて、傷ついてしまうかもしれないことが怖かった。けれど同時に、きっかけはなんであれ、ずっとふさぎ込んでいたシーリアが家族以外の人に興味を持ってくれたことが嬉しかった。ばあやも気合を入れて調べ物をしていたのよ」

 私がお姉様に幸せになって欲しいと思っていたように、お姉様もまた私を思ってくれていたのだ。
 そんな思いで送り出してくれたのに、こんな結果になってしまったことに申し訳なさが募った。

「戻ってきてしまってごめんなさい。でも私、もう誰とも結ばれる気がしないの」
「シーリアがそういうなら仕方ないわよね。でも、どういって断ろうかしら?」
「私にお見合いの話でも来ていたの?」
「あなたが手紙をくれた少し前から定期的にケウロス陛下から手紙が来ているの。お父様に宛てたものと、シーリアに宛てたものが二通」

 お父様には「妻に迎えたい」との旨が書かれていたそうだ。

 忘れる前に記したものを代筆させているだけではないか。もうとっくに忘れられているのではないか。そんな怯えはある。

 けれど使用人が持ってきてくれた手紙は想像よりも多くて、怯えるだけで終わらせるのは勿体ないと私の背中を押してくれた。

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