聖女の響神歌 ~無能と呼ばれた聖女は愛する人のために真の力を発現するらしい~
10.

 数ヶ月ぶりとなる自室に戻ってすぐに手紙を開ける。

 そこには私との思い出がたくさん詰まっていた。
 確かにケウロス陛下の字だ。忘れる訳がない。


「忘れないで、くれたんだ」
 涙が溢れた。

 結婚してほしい。悪意など向けさせない。納得させてみせる。
 君が嫌なら数年待ってもらうことにはなるだろうが、王位を辞する。元々王位継承権が高かったから自分が継いだに過ぎない。そこまで王位に固執していない。
 国のために働ければそれでいい。次の王は弟かその子どもに継がせ、自分は彼らのサポートに回るとまで言ってくれた。
 弟もそれで納得している。だから、と。強く求めてくれる。

 便せんの数が増える度、忘れようとしていた愛おしさが溢れそうになる。
 今すぐ会いたい。その衝動にストップをかけたのは、手紙に書かれた奇妙なことだった。

 なぜか私が朝忽然と姿を消したことになっているのだ。
 男が現れたことなんてなかったことになっている。初めはこちらを気にしてのことかと思ったが、何かがおかしい。

「ねぇこれって」
 どういうことだと思う?
 背後に控える男に問いかけようとすると、耳元で声がした。

「大丈夫。君なら幸せになれるよ」
「え?」

 振り返るとそこには誰もいない。男は姿を消していた。
 代わりに男が立っていた場所には一枚のカードが落ちている。真っ白なカードには『愛しい我が子よ、また幸せの歌を歌っておくれ』とだけ書かれている。

 彼こそが神だったのか。
 その考えに行き着けば、逃走期間中の居心地の良さも、ケウロス陛下が彼を覚えていないことも説明が付く。

 神はケウロス陛下を試していたのだ。同時に、私のことも。

 かつてのような悲劇を繰り返さないために。
 神は案外過保護らしい。思わず笑いが溢れた。

 ケウロス陛下への手紙を書きながら、久々の歌を歌う。
 神様が望む幸せな歌ではなく、不安混じりの歌。怖さはある。それでも前に進むことを決めたのだ。

 神様を信じることも。
 歌うことも止めない。
 人とは少し違うかもしれないけれど、私は私だ。

 沢山の愛と自らの能力について綴った手紙を使用人に託し、自分と向き合うきっかけを授けてくれた神様に祈りと歌を捧げる。

 そろそろ手紙が届いた頃だろうか。
 自室の窓を開け、空を見上げている。すると馬が地面を蹴る音がする。

 早馬か。何かあったのだろうか。
 音のする方角を探れば、ずっと会いたいと思っていた人がそこにいた。

 落ちそうなくらい窓から身を乗り出し、彼の名を呼ぶ。

「ケウロス陛下!」
「シーリア! 迎えに来た」
「今行きます」

 そう伝えて、思い切り屋敷を駆ける。使用人は目を丸くして驚いていたが「陛下が迎えに来てくださったの」と叫べば、納得してくれたようだった。

 温かい視線を送られながら、玄関のドアを開ける。
 目の前にはケウロス陛下がいる。少し手を伸ばしただけで、彼の温もりを感じることが出来た。

「ようこそお越しくださいました」
 息を切らせながらやっとの思いで言葉を紡ぐ。私からの歓迎に返されたのは熱い抱擁だった。

「ずっと、ずっと会いたかった。君が消えたあの日から私の心には大きな穴が空いたようだった」
「私もお会いしたいと思っておりました」

 ボロボロと泣きながら「お慕いしております」と思いを打ち明ける。

「愛している。シーリア。君に授けられた能力がいかなるものであっても、私はもう二度と君を離しはしない。どうか私の妻になってはもらえないだろうか」
「はい……」




 私とケウロス陛下の結婚を祝う式は、帝国の教会でひっそりと行われた。
 人数こそ少ないが、家族と我が家の使用人はもちろん、教会を取り仕切っているばあややゲルドバ様、そして私達姉妹に懇意にしてくださった聖女や神官達も駆けつけてくださった。

 神への誓いの言葉の代わりに、私達夫婦は神に捧ぐ歌を歌う。伴奏はゲルドバ様が担当してくださった。

 会場の誰もが祝福してくれ、おそらく神様も喜んでくださっていることだろう。
 案外、式場に紛れているかもしれない。


 関係者以外への報告は結婚式の数日後に行われた。帝国では異例の事後報告である。

 強力な力を持つがゆえに、多くの人前に姿を現すことができないのだと説明したが、貴族からは納得いかないという声も多く上がった。

 もちろんケウロス陛下もその可能性を考慮し、納得させるだけの材料を集めていた。

 結婚式に集まってくれた聖女や神官から推薦状を預かっていたのである。

 北の大聖女にゲルドバ様、お姉様を筆頭とした特級聖女や神官達が認めた婚姻に、異議を唱えることが出来るものはいなかった。

 目先の利益よりも、聖女や神官を多く抱えるシャンスティや教会との縁を強固にする方が重要だと考えたのである。


 また恋愛感情を抜きにしても、帝国にも利益がある。

 私がケウロス陛下を慕っている間は陛下は絶対防御によって守られる。
 絶対防御については知らない面も多いが、神様からもお墨付きを得ている。故に彼が害される可能性は低いだろう。

 また私がケウロス陛下やこの国を愛すれば愛するほど、守れる範囲は広くなっていく。
 もし彼が私や私の大切なものに敵意を向ければ、彼の中から私という存在は薄らいでいく。

 そうなれば私の気持ちも離れていき、彼は最強の盾を失うこととなる。

 推薦状を書くにあたって、お姉様はケウロス陛下にとある宣言をした。

「シーリアを忘れればその時は、私の牙があなたの喉元を食いちぎるわ」
 だから覚悟しなさいと。
 それは妹を思う姉からの最大限の牽制だった。けれどケウロス陛下は迷う仕草など見せずに、問題ないと頷いた。


 双子の姉妹がそれぞれ最強の盾と最強の矛を手にして生まれたのは、過去の出来事の二の舞を起こさないため。

 もちろんお姉様が私を守るだけではなく、私もお姉様を守り続ける。

 異国にいようとも、それぞれが伴侶を持とうとも、家族への愛は消えることはない。

 私は彼と幸せになる。
 それこそがこの力を与えてくださった神様への最大の恩返しなのだから。



 ケウロスが愛した謎の王妃の話は後世に長く語り継がれることとなる。

 彼女の死後、残ったのは一冊の本だけ。
 曰く、神に愛された彼女は大切な人の記憶にのみ残り、肖像画すら残らなかったのだと。

 作者の名前はレイニー=プルケット。
 とある界隈では名前を知らぬ者はいないほど有名な情報屋であった。

 神を見つけるために情報をかき集めていた彼は、無の聖女に辿り着いてすぐ、不慮の事故で亡くなった。

 ケウロスが結婚する何年も前に亡くなっていたはずの彼と作者が同じ名前なのは、偶然かはたまた必然か。


 その謎は解けぬまま。彼の名も後世に語り継がれるという。

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