浅黄色の恋物語

第16章 気分

 カレーを食べながらふと思った。
(何のために生まれてきたんだろう?)って。
 炭鉱マンだった親父と高校生だった母さんが知り合ってぼくが生まれたんだ。
目も耳も塞がれていて唇も割れていた。
 おまけにへその緒を首に巻き付けて真っ黒な体だった。
それなもんだから母さんは生まれたてのぼくの写真を見せる前に捨ててしまった。
余程にショックだったんだね。
 しかも予定日を2か月も過ぎて生まれたんだ。
それだけでも(大丈夫かな?)って思うよね。
 そんな男の子がいつか鍼灸師になって生まれ故郷を捨て去って北海道にまで行ってしまった。
母さんが死ぬ前に息子も連れて故郷に帰った。
 その姿を見た母さんは「もういい。 もういい。 これでいい。」って言って世を去った。
母さんが最後に食べたのは函館のトウモロコシだった。
 「トウモロコシを食べたい。」
「じゃあスーパーで買ってくるよ。」
出掛けようとした叔母に母さんは言った。
 「いやいや函館のトウモロコシが食べたい。」
それを聞いた叔母は電話を掛けてきた。
それでね、函館からトウモロコシを送ったんだ。
 「あんた、親孝行らしい親孝行をなーーーんもしてないんやき、これくらいしなさいよ。」
叔母はいつも攻撃してくる。
そんなことは無い。 母さんが世話になった施設に聞いてみなよ。
誕生日にはお祝い電報を送ってるんだ。
 最初は押し花付きの電報だった。
その後はドラえもんとミッキーのぬいぐるみが付いた電報だった。
 ドラえもんとドラミが来た時には枕元に飾って写真まで撮ってるんだぞ。
そんなことは知らないだろう?
 いつだって叔母は「お前は何にもしない親不孝なやつだ。」って一方的に攻めてきた。
だからこの話も叔母にはしなかった。 (勝手にそう思ってな。)ってね。
 あの世で母さんと会った時、「あんたは知らんやろうけどこんなこともしてくれたんだよ。」って真実を聞かされるはず。
死んでから悔いても遅いんだよ 叔母さん。

 兎にも角にも母さんとぼくと妹はばあさんと叔母に虐め抜かれてきた。
そりゃさあ頭も悪いし貧乏だったよ。 それでもあんたらの虐めに耐えてきたんだ。
 娘は岡山で結婚したよね? 息子は郵便局で働いてるよね?
そりゃあ自慢したいだろう。 でもそんな自慢は今だけだよ。
 ぼくは親父と師匠の遺言を果たしたんだ。 そしてここまでやってきた。
今は評価されなくてもいい。
死んだ後で必ず評価してくれる人が現れる。
それだけの物を残してやるよ 必ず。
そんなことがあんたらに出来たかい? 今だけウハウハしてたって何も残らないんだよ。
侘しいねえ。 切ないねえ。
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