千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
しかしそんな言葉の裏に隠された伯父の真意を当時の司は見抜けなかった。
なぜ伯父は自分を養子にとったのか。
実父の修からすれば一人息子であり、なぜ兄弟もいない自分を手放したのか。
それは司自身も知らない内に芽生えさせてしまっていた、今川の血に流れる強い闘争本能の存在のせいだった。
その血が、争いへの渇望が、破裂しそうな程に大きく膨らむ野心が大勢の他者を巻き込んだ破滅へ向かってしまわないようにするため。強い者の手によって抑えつけ、育つにつれて鋭さが増す怒りや衝動を自身で的確にコントロール出来るよう、徹底的に伯父によって教育させられていたのだと知ったのは成人後、自分のあり方を見つめ直す機会も増えて来たあたりだった。
伯父は極道の組織の跡目ではなく“俺の会社を継いで欲しい”と言っていた。
それはまるで「お前だけはカタギになれ」と言われているようだったが結局は司も正式ではないにしても伯父の持つ邸宅で暮らせば“若”と呼ばれてしまい、事実上の本家今川組の一員……若頭となっていた。
二十歳を過ぎ、大学生活を送りながら表も裏も、伯父の側で“社会の構造”と言うものを色々と見て来た。
特に裏の世界。構成員の中には元はただの債務者で、借金の肩に末端のヤクザとなっただけの今でもカタギに戻りたい者たちがいる事実を目の当たりにした。
そしていざ足を洗っても元の生活に馴染めずにまた出戻って来てしまう悪循環。酷ければ警察の世話になる者も少なくない。
そして司の目には血脈の衰退もまざまざと映し出されていた。
今や血統で組を継いで組長となる者も減っている。
組の解体、吸収も盛んだった。
先日も一件あったと芝山から聞かされている。
連合と言えども、もはやそこに権威などなく自分たちが存続出来るよう寄りあっているだけの組織。
もう、ヤクザの時代じゃない。
バブル時代の華やかだった幻影に縋って生きているだけの“臆病な者”たち。
司は自分に権力が譲渡されたら、全てを解散させる腹づもりでいた。
組織を解散させた際に行き場がなくなってしまう者たちを収容出来るくらいの規模の大きい事業……松戸に持たせてある人材派遣会社がその最たるモデル事業だった。日陰の者だった彼らがカタギとして社会生活をどうか全う出来るよう、ずっと松戸と共に考え、その経営を見守って来ていた。
いずれ司自身も今川の血脈から完全に離れ、一から小さな会社でも立てて、それで……あても大して無い癖に“初恋の女性”を探そうとしていた。
自分ではない誰かと結婚をしていたとしても、元気に暮らしているかどうかさえ分かれば良かった。
「ちよちゃん」
「はい」
「この前作ってくれたパンケーキ、冷凍出来る?」
もちろんです!!と勢いよく返ってくる言葉に司は自然と笑っていた。
「あ、でも粉がないので次回でいいですか」
「うん。朝食代わりにしたいから少し小さ目でもいいよ」
「わかりました」
ポケットの中のメモ帳を取り出して嬉しそうにメモを取る姿。
高校生当時、連絡先を交換出来なかったのは怖かったからでもある。
年齢も子供目線からすれば離れていた。これ以上、自分に深く関わらせたら彼女に危険が及ぶのではないのか、とも思っていた。幼過ぎ、今のような考えに全く及んでいなくとも、千代子の存在そのものの大切さを当時から司は優先していた。