千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
四時を回っても千代子からの『本日のおやつ』の報告が無いな、とは思いつつ買い物でもしているのだろうかと司は気乗りしない着替えを執務室で始めていた。
「このクソ暑い時期に誰が好き好んで黒服になるンすか。ヤクザですか?」
ソファーでぐだぐだと管を巻いている松戸も、司にネクタイを渡す芝山も皆一様に上質なブラックフォーマルに身を包んでいた。
「松、今日の出席者の中に」
「やっぱりいらっしゃるみたいですよ。と~っても珍しく」
「そう警戒するな。親父も来ると言っていた……だから、多分」
司は自分が連合の本部若頭代行に任命される事を悟る。
そして適当な期間を経て正式に若頭、五代目会長へと担がれる。
既に当代の会長の中津川や穏健派の直参組長たち、義父の進の手も加えられているであろう上手く書き上げられている“筋書き”は誰にも覆せる事は出来ない。今までも彼らはそうやってきた。
一言たりとも、有無を言わせない。
もう、始めから何もかも話が作り上げられてからの幹部総会。
千代子には表側、会社関係の会合だと伝えて朝、自宅から出て来た。本当は裏側の方の幹部総会への出席だったが……千代子には要らぬ心配をかけたくない。
総会は都心では無く郊外にある連合本部、司たちのいるオフィスからは車で途中、高速を使っても四十分は掛かる場所で行われる。待機時間等も含めればもう出なくてはならない時間となっていた。
それから暫く、何か考え事でもしているのか珍しく口数の少ない松戸の運転する黒塗りは首都高を抜け、連合本部の門前に到着しようとしていた。
司はもとから口数が少なかったが助手席にいた芝山も手元の端末で軽く仕事をしているようで……そんな中、もう五分もあれば着きそうな頃合いで松戸が口を開いた。
「そもそも俺って今の組での役職なんなんスかね。本家の丁稚上がりでなんかそこんとこうやむやでここまで来ちゃったけど……社長?」
「まあ、社長である事に間違いはねえな」
「俺、車置いてきたらちゃんと中に入れるかな……あんまヤクザに知り合いいない」
「珍しく黙っていると思えばそんな事を考えていたのか」
「いやいや芝山さん、結構重要ッスよ?兄貴の舎弟やらせてもらってるのに控え室まで入れないとか」
セキュリティや配車の関係でただのドライバーは会館の上階奥、幹部用の控え室までは入ることが許されない。そこまで入れる者は大体皆が顔見知りで顔パス状態ではあるが……若い松戸は今川本家に属する、司の付き人だと伝えても引き留められかねない。
うーんと悩みながら車を会館ロータリーの指定位置に停めた松戸を「その時はその時だな」と軽く笑っていなしながら先に降りた芝山。すぐに後部座席のドア前に回ると「若頭、お足もとお気を付け下さい」と丁寧な所作でーーそれこそ何かを考えていたのかずっと黙ってしまっていた司を極道の作法で降車させる。
じゃー俺、車置いてきますーと係員に駐車場を案内されながら松戸は一旦、その場から車ごと離脱した。