千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
番外編 ふたりの週末
人それぞれに愛情を示す行動が違うように、千代子は日々忙しい司の体調を考慮してバランスの良い食事になるように心がけていた。それでもたまにはお惣菜だし、気になっていたミールキットの通販も使う。
在宅の仕事をしながら合間を見て掃除をしたり、お休みの日はごろごろだってする千代子と休日すらまるで隙を見せない完璧な恋人――司の姿が千代子にとっては少し心配だった。
忙しいのは分かっている。
休日でも半日、書斎に籠って仕事をしているのは一度や二度じゃない。いつだっただろうか、司が精神的に酷く疲れていて……千代子は乱暴に扱われてしまいそうになった夜の出来事を思い出してしまった。
(少し怖かったけど……それでも司さんはすごく謝ってくれて)
何となく、経験則から来る勘と言うものが働いている。これはあの時と同じ状況になっていないだろうか。
二度、同じ轍は踏まない司だとしてもフラストレーションを溜めてしまうのは体に良くない。
そろそろどこかで気を緩めて欲しいと思う。
芝山が気を使って、と言うかやはり放っておくとオーバーワークになってしまう司の事を考えて土日は確実に家にいるよう、仕事が残っている場合は自宅から行えるようにしてくれているけれど……休まず仕事をしていることに違いはない。
芝山の思いも千代子には分かる。家にさえいてくれれば、オフィスではない人の出入りの無い静かな場所なら気も少しは楽になる。芝山なりの配慮だったが同じ空間にいる千代子にとってはやはり心配で。
「ちよちゃん?」
リビングのソファーに座って険しい顔をしてスマートフォンとにらめっこをしている千代子に気が付いた風呂上りの司。
いつもと変わらない寝間着のワンピースにふかふかのルームシューズ、髪はクリップで緩く纏めあげられて首回りがすっきりとしている千代子は覗き込んできた司を見上げる。
「司さんはいつでも完璧なので……お休みの時に何か出来たらな、と考えていたんですけど私では何も考え付かなくて」
あれこれ考えすぎて、でも思い付かなくて少し悲しくなっていた千代子は正直に「司さん、オーバーワーク気味です」と伝える。
いつか、千代子に酷いことをしそうになって……心が病みそうになるくらい悔やんだ事のある司はじっと自分を見つめてくる丸い瞳から目を逸らしそうになり、思いとどまる。
以前の――ひとりぼっちだった千代子がそうであったように、仕事に振り回されて心身を不調にさせてしまうのは良くない。真剣に心配をしてくれているその真っ直ぐな眼差しに司は「うん。たまには気分転換しないと、だね……どこか出掛けようか」と千代子を立てるように提案をする。しかしそんな司の言葉に少し悩んでから、千代子は緩く視線を下げる。
「お出掛けも良いけど……前から家の中でも何か出来ないかな、って考えていたんです」
手に持っていたスマートフォンの中に表示されていた雑誌のページを幾つか捲る。すると流行りのオーガニックのボディケアブランドのマッサージジェルの特集ページが表示された。パートナーとのスキンシップの時間にも、と紹介記事には言葉が添えられており、おいそれと人前に素肌を晒す事が出来ない司と二人で過ごすには……良いかもしれない。
途端に千代子は「いいこと思いつきました」と心配そうな表情から一転して表情がぱっと明るくなる。千代子が嬉しそうならそれで良い司は「楽しみにしてても?」と問いかける。
「もちろんです。明日は昼から少し、買い物に行ってきますね」
「うん。分かった」
巨大な組織解体も順調に進んでいる。司も、千代子に何かあった時の為にセキュリティタグを持たせていたこともあったが今はもう持たせていない。それでもスーパーや周辺のドラッグストアなどを回る以外に、都心の人混みに出掛ける際には千代子自ら、司に予定をきちんと伝えていた。