Bravissima!ブラヴィッシマ【書籍化】
「私がプリモで大丈夫ですか?」
「もちろん」
「ではいきます」

二人で鍵盤に手を置いて見つめ合う。

途端に芽衣は、ちょっと待って!と立ち上がった。

「なに?どうしたの?」
「いや、あの、びっくりして」
「なにが?」
「イケメンの顔がすぐ横にあるから」

はあー?と公平は眉間にしわを寄せた。

「何を言ってるの?芽衣ちゃん」
「だって、こんな至近距離でイケメンと目を合わせたことなくて」
「聖といつもアイコンタクト取ってるじゃない」
「如月さんとは、もっと離れてますもん」
「ふーん、じゃあ連弾は無理だな」

そう言って立ち上がった公平を、「あー!ごめんなさいー!」と芽衣が止める。

「すみません。ちゃんとやりますから!」
「じゃあラストチャンスだよ?」
「はい!がんばります!」

再び鍵盤に手を置くと、芽衣は深呼吸してから公平と目を合わせた。

うっ……と梅干しを食べたような表情で顔を赤らめつつ、なんとか息を揃えて二人同時にブレスを取る。

一緒に前奏を弾いたあと、芽衣は軽やかにメロディを弾き始めた。

「ちょ、芽衣ちゃん!テンポ速過ぎ!2倍速かよ?」

公平が慌てるが、芽衣はケロリとかわす。

「これくらいの方が弾きやすいですよ?」
「そんなの芽衣ちゃんだけ!」

悲鳴を上げながら、公平は必死で指を走らせた。

「ひゃー、楽しい!」

芽衣はノリノリで華やかに奏で、公平は懸命に食らいつく。

最後の音を同時にジャン!と鳴らすと、思わず芽衣は公平と抱き合った。

「あー、もう、最高!楽しかった!」
「俺も。大変だけど楽しかった。久しぶりだな、こんな気分で弾けたの」
「うん!一人で弾くより何倍も楽しい!ね、もう1曲いいですか?」

そう言って芽衣は、違う楽譜を譜面台に置いた。

リムスキー=コルサコフの《熊蜂の飛行》

「いやいやいや、これは無理だって!」
「大丈夫ですよ。ではいきまーす!」
「わっ、待って」

スッと息を吸ってから、二人は最初の音を出す。

そのあと芽衣は、超高速で転がるようにメロディを弾き始めた。

「芽衣ちゃん!」

公平が目を釣り上げて睨む。

「蜂なので、止められませーん」
「くそー!」

悪態をつきながら、公平はまさに蜂に追われたように必死の形相で手を動かす。

「ちょっとお邪魔しまーす」
「わ、なに?交差?」

二人の手が交差する超絶技巧。
もはや公平は、これっぽっちの余裕もなく楽譜を凝視しながら芽衣の音に追い立てられていた。

「あっはは!楽しーい!」
「楽しくない!」

口げんかしながら最後まで弾き切ると、公平はぐったりと頭を垂れた。

「すごーい!なかなかのスリリングさ。もうゾクゾクしましたね」
「俺はバクバクだったけどね」
「ふふっ、ごめんなさい。そう言えば高瀬さん、ウォーミングアップもしてなかったですね。今からやりますか?」
「しないよ!」
「あ、もう充分温まりました?じゃあ次は……」
「こら、芽衣ちゃん!」

芽衣が楽譜の山に伸ばした手を、公平はガシッと押さえた。

「連弾は終わり。じゃあ今度は芽衣ちゃんが《イスラメイ》弾いて」
「ええ?前にも弾いたじゃないですか」
「弾くところを近くで見たいんだ。頼む」
「じゃあ、1回だけですよ?」

そう言って芽衣は椅子に座り直す。
公平はそのすぐ隣に立った。
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