Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―

新たなる使命

 フォマルハウトは医官の部屋に向かった。すると、荷物を抱えて歩いてくるアンタレスと鉢合わせた。
「アンタレス!」
「よう、フォマルハウト」
「よう、じゃないだろう! どういうつもりだ!」
 退職のことと察して、アンタレスは口を開いた。
「すまないな、みんな大変な時に。ただ、俺にとっては家族も大事だから、急で申し訳ないが辞めることにしたんだ」
「だからって……」
「まあ、向こうの病院が落ち着いたら戻ってくるかもしれないし、今生の別れってわけじゃないからさ」
「患者は大丈夫なのか?」
 アンタレスの腕は確かなものだった。病気に合う薬を瞬時に調合することはもちろん、不安になっている患者に寄り添い、心もケアしてきたのだ。当然、退職を引き留める上司や同僚、患者が多かった。
「俺がいなくても大丈夫。いろいろマニュアルを残してきたから。新しい使命に励むよ」
 じゃあ、縁があったらまた会おう、と言い残して去って行った。ずいぶんあっさりしているなあ…と、呆然とするフォマルハウトだった。

 その後、しばらくフォマルハウトは仕事に没頭した。感染者数を記録し、どこかの病院で快癒した患者がいると取材にいき、ルポをまとめた。『昴新報』には記者のルポ「疫からの生還」というコーナーが設けられ、主にフォマルハウトが取材し、執筆した。フォマルハウトのルポは、観戦前の患者の食事や睡眠のリズムから掘り下げ、感染時にどのような状況だったかまで触れている。それがほぼ毎日積み重なると、記事を読んだアルデバラン王が、「彼の記事を分析して、グラフにまとめなさい」と指示した。すると、外食の多い食生活、遅寝遅起きの睡眠、風呂に浸かる時間が短いなどが、感染しやすい生活と浮き彫りになり始めた。
「すごいな、フォマルハウト。お手柄じゃないか」と上司が褒めてくれた。が、当のフォマルハウトはさして喜ばす、「本番はこれからですよ」と返した。目下、薬が開発されているところである。予防する生活習慣だけでなく、今度は薬の安全性やそもそもの疫の原因もレポートしなければならない。「やることはたくさんある」と思いつつ、フォマルハウトは使命感に静かに燃えていた。
 地味ではあるが淡々と任務をこなし、静かに情熱を燃やす――そんな性格なのだ。

 一方、家庭ではある変化が見られた。と言っても、シャウラは相変わらずの鬼嫁っぷりを発揮している。が、そのシャウラが、平日に外出することが多くなったのだ。行き先は集会所である。そこで、子育て世代に対して「妖星疫をどう乗り切るか?」というテーマで講演が行われているらしい。
 初めて参加した日、シャウラはフォマルハウトに熱く語った。妖星疫はそんなに怖いものじゃない、薬が開発されつつあるけどそんなものはいらない、そもそもこの疫病は人為的に広められたもので犯人がいるなど――。
「それ、陰謀論じゃないのか?」
 とフォマルハウトは言った。するとシャウラが目をつり上げた。
「あなた、広報なんだから情報のファクトを抑えること知っているでしょう? ほら、こんなに証拠の文章が出ているのよ」
 いわゆる学術論文のようなものである。が、聞いたことのない人物や研究機関が並び、どうにもうさんくさい。が、ここで余計なことを言うとめんどくさいから、「まあ、シャウラが充実しているならいいさ」とだけ言った。

 ――この時、妻としっかり向き合わなかったことが、後に大変な事件につながっていく。


 妖星疫が蔓延し始めてから半年たったある日。フォマルハウトに特殊な任務が与えられた。
「北の町へ?」
「ああ」
 上司がうなずく。この度、アルデバラン王の発案で北の町に探検隊を派遣することになった。構成メンバーは、警備兵から10人、従軍記者にあたるのがフォマルハウト、そして看護師のカペラである。
 ある時、アルデバラン王はポラリスと紫微垣の伝説を聞いた。300年前、星の大地で大海嘯と鬼雨が起きた日、1人の少年が秘宝を北辰の祠に納めて自然災害をくいとめた。その少年は紫微垣・アルコルと言った。以来、星の大地は大海嘯や鬼雨に見舞われることがなくなり、平穏となる。が、喉元過ぎれば熱さ忘れるというように、自然災害が起きなくなるとポラリスや紫微垣の存在が忘れられるようになった。そこに今回の妖星疫である。
「陛下は、もしかしたらポラリスが祠から盗まれたんじゃないかとお考えになったらしい」
「それで調査に行くと……」
 北の町はこの300年で発展し、人口も増えた。しかし未開のエリアも一部あり、探検隊として兵士が派遣されることになったのだ。記者は情報を正しく取材し、後に発信して記録するため、看護師はけがや病気に備えてこの隊に加わる。
「行ってくれるか?」
「ええ……」
 取材のため出張することはよくあるので、それ自体は問題ではない。が、今のシャウラに長期間家を空けることを伝えられるだろうか――?
 しかし帰宅すると、フォマルハウトは肩すかしをくらった。
「1週間ね、いいわよ。行っていらっしゃい」
「え? いいの?」
「仕事なんでしょ?」
 いつもなら「1人で子供の世話と家事をやるのお?」と不満そうに文句を述べてくるはずだが……大丈夫なのか?
「じゃ、じゃあ、よろしく。お土産買ってくるからさ」
 アンタレスもだが、自分も新しい使命を授かった。がんばらなければ――。
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