Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
大海嘯①
その頃。北の町にある北辰の祠で、フォマルハウトとカペラは顔が青くなっていた。その日の朝、フォマルハウトは胸騒ぎがしたため、カペラと一緒にやってきたのだ。妻は「なんだか…あの出張を思い出すわね」と顔を赤らめていて、自分も禁断の恋になりかけたことを振り返っていたのだが…。
北辰の祠にポラリスがないことを知ると、そんな思い出はどこかに吹っ飛んでしまった。
「誰だ、奪ったのは…」
フォマルハウトは拳を握りしめた。あの妖星疫が蔓延した時、ポラリスとの因果関係を記事にして『昴新報』に載せたのに…。その後、本も出版して多くの人に読まれたというのに…。信じないという一部の者が、持ち出したのだろう。
「どうしよう、ハウト…」
やることは決まっている。ポラリスの奪還と犯人の捕縛である。
夫妻は翌日昼頃、東の都に帰ってきた。
「師匠、お疲れさまでした」
天牢庵でカノープスが出迎える。ちょうど昼食が終わった時で、片付けをしている。
「君には本当に感心する。候補生になっても、賄いの仕事を続けているとは…」
最近、天狗になっているミアプラに見習わせたいと思いつつ、フォマルハウトは去っていった。
「…師匠、何かあったんすか?」
カノープスが怪訝な顔でカペラに尋ねる。フォマルハウトは他人のことを良く見ている人だが、いちいち言葉にすることが少ないのだ。
「まあ、ちょっといろいろね…」
カペラはあいまいな返事をして、ミアプラのこと、ポラリスのことで頭を痛めている夫を慮っていた。
一方、フォマルハウトは廊下を歩きながら独り言をつぶやいた。
「さて、どうするか……」
まずはポラリスのことである。北辰の祠から盗まれたということは、近々自然災害が起きるだろう。大海嘯か、鬼雨か、それとも妖星疫のような疫病か……。犯人は誰だろうか? ガクルックスとアクルックスは関与しているのか? しかし、考えれば考えるほどまとまらない。
現役で記者をしていた頃は、情報の断片からある程度の事実を予想し、取材などで水を向けることができた。が、退いてだいぶ経つため、その勘も徐々に鈍ってきている。
ふと、少し先にミアプラとミモザがいるのに気付いた。ああ、自分の娘も悩みのタネになっているんだった……。
が、2人の雰囲気が今までと違う。お互いの距離が近く、体がくっつくくらいである。フォマルハウトは「まさか…」と思いつつも、平静を装って近づいた。
「あ、師匠、お帰りなさい」
ミモザが体を向け、礼をする。が、ミアプラはそっぽを向いたままだ。ああ、典型的な反抗期まっただ中の女の子である。
「ただいま。あー、こほん…あまり2人っきりでいると誤解されるから気を付けて」
「え…」と反応するミモザ。少し動揺が見えたので、おそらく2人の仲は……。
「いや、若い男女の組み合わせは周りの誤解を生みやすい。だから…」
「だから何よ」
ミアプラが強い語調で反論する。
「いちいち気持ち悪いのよ、ったく」
「ミアプラ、父親にそんな言い方……」
「ミモザ、かまわん。私をどう言おうと勝手だが、君らは紫微垣の修行中だからな」
「うるさいわねっ!!」
怒鳴りながらミアプラは行ってしまった。残った2人の間に、気まずい空気が流れる。
「すみません、師匠。僕がいながら……」
「いやいや、これはあの子にとっての通過儀礼かもしれない。長い目で見守るか…」
その日の午後は、自主練となった。カノープスは道場に出て素振りをしていた。アヴィオールは図書室に行って本を読むことにした。ミモザは中庭で瞑想をし、ミアプラだけが修行をさぼり、ベッドに入ってふてくされていた。
アルセフィナは天牢庵の寮に1人残り、窓から外を眺めていた。ふと、図書室にいるアヴィオールと目が合った。アルセフィナがにこっと微笑むと、彼も微笑んで手を振ってくれた。
母親のマルケブがあんな状態なので、自分にとって頼れる存在は兄のカノープスだけだった。しかし、この天牢庵に引っ越してきてから皆が優しくしてくれる。特に、あのアヴィオールは会う度に声をかけてくれ、「元気?」と気遣ってくれる。そんなアヴィオールを、徐々に意識し始めていた。
フォマルハウトは自室にこもって、たまった書類に目を通している。2泊3日の出張だったのに、これほどたまるとは……。カペラは夫にお茶を持ってきて、少し話し込んでいた。
天牢庵の八穀の面々は夕食の支度を始めようとしている。時刻は午後2時45分を迎えていた――今日のメニューはどうするか、候補生たちが何だか元気ないみたいだから、精力のつくものでも食わせるか。そんな会話がされていた時――。
グラッ
体が揺れた。何だ、地震か? 大きいぞ!! 揺れは間もなく大きくなり、建物の棚にあった物が落ち始めた。
北辰の祠にポラリスがないことを知ると、そんな思い出はどこかに吹っ飛んでしまった。
「誰だ、奪ったのは…」
フォマルハウトは拳を握りしめた。あの妖星疫が蔓延した時、ポラリスとの因果関係を記事にして『昴新報』に載せたのに…。その後、本も出版して多くの人に読まれたというのに…。信じないという一部の者が、持ち出したのだろう。
「どうしよう、ハウト…」
やることは決まっている。ポラリスの奪還と犯人の捕縛である。
夫妻は翌日昼頃、東の都に帰ってきた。
「師匠、お疲れさまでした」
天牢庵でカノープスが出迎える。ちょうど昼食が終わった時で、片付けをしている。
「君には本当に感心する。候補生になっても、賄いの仕事を続けているとは…」
最近、天狗になっているミアプラに見習わせたいと思いつつ、フォマルハウトは去っていった。
「…師匠、何かあったんすか?」
カノープスが怪訝な顔でカペラに尋ねる。フォマルハウトは他人のことを良く見ている人だが、いちいち言葉にすることが少ないのだ。
「まあ、ちょっといろいろね…」
カペラはあいまいな返事をして、ミアプラのこと、ポラリスのことで頭を痛めている夫を慮っていた。
一方、フォマルハウトは廊下を歩きながら独り言をつぶやいた。
「さて、どうするか……」
まずはポラリスのことである。北辰の祠から盗まれたということは、近々自然災害が起きるだろう。大海嘯か、鬼雨か、それとも妖星疫のような疫病か……。犯人は誰だろうか? ガクルックスとアクルックスは関与しているのか? しかし、考えれば考えるほどまとまらない。
現役で記者をしていた頃は、情報の断片からある程度の事実を予想し、取材などで水を向けることができた。が、退いてだいぶ経つため、その勘も徐々に鈍ってきている。
ふと、少し先にミアプラとミモザがいるのに気付いた。ああ、自分の娘も悩みのタネになっているんだった……。
が、2人の雰囲気が今までと違う。お互いの距離が近く、体がくっつくくらいである。フォマルハウトは「まさか…」と思いつつも、平静を装って近づいた。
「あ、師匠、お帰りなさい」
ミモザが体を向け、礼をする。が、ミアプラはそっぽを向いたままだ。ああ、典型的な反抗期まっただ中の女の子である。
「ただいま。あー、こほん…あまり2人っきりでいると誤解されるから気を付けて」
「え…」と反応するミモザ。少し動揺が見えたので、おそらく2人の仲は……。
「いや、若い男女の組み合わせは周りの誤解を生みやすい。だから…」
「だから何よ」
ミアプラが強い語調で反論する。
「いちいち気持ち悪いのよ、ったく」
「ミアプラ、父親にそんな言い方……」
「ミモザ、かまわん。私をどう言おうと勝手だが、君らは紫微垣の修行中だからな」
「うるさいわねっ!!」
怒鳴りながらミアプラは行ってしまった。残った2人の間に、気まずい空気が流れる。
「すみません、師匠。僕がいながら……」
「いやいや、これはあの子にとっての通過儀礼かもしれない。長い目で見守るか…」
その日の午後は、自主練となった。カノープスは道場に出て素振りをしていた。アヴィオールは図書室に行って本を読むことにした。ミモザは中庭で瞑想をし、ミアプラだけが修行をさぼり、ベッドに入ってふてくされていた。
アルセフィナは天牢庵の寮に1人残り、窓から外を眺めていた。ふと、図書室にいるアヴィオールと目が合った。アルセフィナがにこっと微笑むと、彼も微笑んで手を振ってくれた。
母親のマルケブがあんな状態なので、自分にとって頼れる存在は兄のカノープスだけだった。しかし、この天牢庵に引っ越してきてから皆が優しくしてくれる。特に、あのアヴィオールは会う度に声をかけてくれ、「元気?」と気遣ってくれる。そんなアヴィオールを、徐々に意識し始めていた。
フォマルハウトは自室にこもって、たまった書類に目を通している。2泊3日の出張だったのに、これほどたまるとは……。カペラは夫にお茶を持ってきて、少し話し込んでいた。
天牢庵の八穀の面々は夕食の支度を始めようとしている。時刻は午後2時45分を迎えていた――今日のメニューはどうするか、候補生たちが何だか元気ないみたいだから、精力のつくものでも食わせるか。そんな会話がされていた時――。
グラッ
体が揺れた。何だ、地震か? 大きいぞ!! 揺れは間もなく大きくなり、建物の棚にあった物が落ち始めた。