Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―

血塗られた憎悪のナイフ

――ったく、使えない子だね!
――お母さん!
――うるさい!!
 夢の中の幼い自分が、母親に突き飛ばされて転ぶ。その母親は、1人の男性に向き直って暴言を吐いた。
――もとはと言えば、あんたが男のくせにたいして稼いでこないから、私が苦労するんでしょう!? あんたのせいで私の人生が台無しだよ、この穀潰し!!!

「う……」
 北の村の西海岸――ベナトナシュは夜の砂浜の上で目を覚ました。今のは夢?
「いたた……」
 何とか立ち上がる。が、体のあちらこちらが痛い。右腕と左脚が…折れているみたい。私は――どうしたんだっけ?
「そうだ、アリオトに崖から突き落とされたんだ……」
 涙が出てきた……穀潰しなだけでなく、妻を殺害しようとして、挙げ句は「メグレスと仲良くする」なんて言われた。
「何で、私だけこんな目に遭うのよ……」
 顔を抑えて泣き崩れる。前の夫に死なれて、失意の中再婚したらとんでもない男だった。息子のアルコルは自分のもとを去って行き、もはや頼る術がない。今の状況は、幼い頃に虐げてきた母親のことを思い出させた。
――穀潰しが!!
 働きもせず飯を食うだけの存在を罵る言葉だ。あの頃、両親がけんかをする度に聞いていた罵詈雑言――大人になった自分も使っている。父親は東の都で商いをやっていたが、経営がうまくいかなくなり、たたむことになった。その頃からだ、両親のけんかが増えたのは……。
 忌まわしい記憶を脳裏にしまいこみ、ベナトナシュは上を見上げた。崖はかなり高い。あそこから落ちて助かったのは奇跡に近い。
(いっそ、死んでしまった方が楽だったかな……)
そんなことを思いながら辺りを見回す。新月だったので暗かったが、徐々に目が慣れてきた。すると、少し離れた場所に2つの人影を視認できた。
「すみません、そこの人……」
 助けを求めようと声をかける。が、反応がない。脚が折れているので仕方なく体を引きずって近づく。声をかけているのになぜ反応がないのだろう……その理由は、すぐに分かった。
「ひっ…!」
 その人影二つは息をしていなかった――死んでいたのである。若い男女の亡骸で、女性が血塗られた短剣を持っていた。
「無理心中かしら…」
 痴情のもつれから男を殺害し、自らも命を絶ったか……。腐敗が少し進んでいたが、死んでからまだ日が経っていないようだ。この世はこんな悲劇ばかりがあるのかしら。そんなことを思いながら、ベナトナシュは女性が持っていた短剣を取った。
ドクンッ――
(何これ……)
 ベナトナシュの心に、暗い炎と洪水のようなものが流れ込んでくる。あの男女の想い――恐怖や憎悪、絶望のようだ。
 するとその短剣は、血塗られた刀身が黒く光り始めた。漆黒は高貴な印象を人に持たせるが、この短剣は人間の心の闇を現し、何もかもを吸い込むような雰囲気だった。
 ベナトナシュは、昔話で聞いたことを思い出した。極端な負の感情によって使われ続けた刃物は、一定の数の人間を殺すことで魔剣になると――。短剣の刀身から発せられる黒い小さな稲妻が、ベナトナシュの体を覆う。すると、彼女の目が充血し始めた。瞳は金色となり、折れたはずの手足が動き始める。
「アリオト、メグレス、アルコル……許さない」
 そうつぶやくと、突き落とされた目の前の崖を垂直に走り始めた。まるで悪魔に取り憑かれたかのように。

 後に紫微垣たちを苦しめるあの魔剣が、誕生した瞬間だった。
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