元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「彼女の名は、アンジェリカ・ドーリー・フランチェスカ……僕の婚約者です」
 
 突然の発表に、場内がわっと湧き立つ。
 ユリウスとアマンダは、顰めた顔を突き合わせた。アンジェリカを選んだ物好きな妾の子供、どうせ大した力はあるまいとたかを括っていたのに。
 婚約発表を目の当たりにした今、二人は圧倒的な権力の差に言葉がなかった。
 アンジェリカはクラウスの隣に立ち、控えめに前を見ていた。
 光沢のある純白の胸元とスカート、それを囲むようにたっぷりとあしらわれたワインレッドのフリル。
 全体的に金の刺繍が施されたそれは、マリアンヌがアンジェリカのために仕立てたものだった。

「フランチェスカ家については、様々な憶測が飛び交っていることでしょう。しかし、フランチェスカ家の破綻について、彼女は一切関与しておりません。その辺りはきちんと調査しており、ブリオットに相応しい女性と判断した上での婚約ですので、どうぞ皆様、ご心配なきよう」

 クラウスの言葉に、ざわざわと空気が乱れ、貴族たちがコソコソと話し出す。

「確かに、フランチェスカの姉君はお見かけしたことがないわ」
「引きこもりがちだとか、病弱だとかいろいろ噂はあるけれど……どちらにせよ、外出されないなら散財しようがないわよね」
「そうねぇ、まぁ、破綻した原因は明らかだけれど」

 場内のあちこちで囁かれる言葉は、すべてユリウス、アマンダ、ミレイユに向けられていた。
 三人は大勢の冷たい視線に晒され、身動きが取れなかった。

「彼女は浪費どころか、僕がドレスや装飾品を贈っても、ちっとも喜んでくれないのです。経験豊富な紳士淑女の皆様、無欲な貴婦人を振り向かせる方法をご存知でしたら、どうか僕にご指導いただけませんか」

 クラウスの洒落の効いた台詞に、その場にいた貴族たちは思わず笑みを漏らした。
 アンジェリカは恥ずかしそうに俯いていたが、クラウスに肩を叩かれ、顔を上げた。

「大丈夫ですよ、あなたはそのままでいいんですから」

 覗き込むように顔を近づけ、導くように優しく声をかける、そんなクラウスに背中を押され、アンジェリカは勇気を出して正面を見た。
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