年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜

閑話 入社ニ年目・田島朋子は訝しがる

さて、課内の少しの異変を感じ取ったのは小西さんが独り立ちしたその数日後のことだった。

案の定、配属の挨拶の時に一部の男性社員からあからさまに品定めするような手酷い視線に晒されていた小西さんはその後嫌がらせのように、本来自分達で作業するよう定められている筈の細々とした雑用を、ひっきりなしに押し付けられていた。

そしてこの春に、並み居るライバルに競り勝ち、見事課のトップになった戸田課長までも「修正テープはどこか」なんて些細な事で、わざわざ小西さんの席まで出向いて問い合わせをしているのだった。

取り急ぎ大まかな仕事の流れを説明したのみで、細々としたものは後回しにしていたので、小西さんにそんな細かいところまでは引き継ぎなんでしていない。

そんな彼女に、自分が処理するべき面倒な頼みごとをしたり、仕事の引き継ぎ状況を確認するかのような意地の悪い質問をするだなんて、自分達が発注した通りの人材(若い女性)でなかった小西さんへのちょっとした嫌がらせだとでもいうのだろうか。全くもって腹立たしい。

引き継ぎの段取りミスを悔やみつつ、他の課員はともかく課長までもがそんな心の狭い事をするなんてどういうことだと訝しむ気持ちと、ほんのちょっとの好奇心から、電話応対しながらもコッソリ様子を伺ってみる。

すると目に映ったのは、見たこともない輝くばかりの笑顔で小西さんを見つめる課長の姿なのだった。

(ぅえええええー?!課長ってそんな風に笑うんですね??)

戸田課長といえば、過去に色々あったらしく「社内の女とは寝ない」を公言して、フランクながらも女性社員には付かず離れず一定の距離を保って接している、難攻不落の城と専ら噂。
そんな課長の初めて見るような表情に、電話先の相手が何の話をしているのか全く頭に入ってこないくらい、なぜかこちらまで激しく動揺してしまう。

しかしそんな課長の笑顔の希少さなど知らない小西さんはだれかに助けを求めようとアタフタとし、課長の表情など気にすることも無い様子。

(まあ、そうなるよねー。課長の表情まで気が付かないよねー。)

ちらちら引き続き様子を見ていると、結局修正テープの件はどうにか一件落着となった模様。
こちらもほっと胸を撫で下ろしてみると……はてこの電話口の相手とは一体何を話していたんだっけ?
上の空だった事に改めて気づいた私は、自分の業務に集中するべく、先ずは相手に再度用件を確認すべく謝罪をはじめるのだった。

――

そしてあれからしばらくして。
一部社員の不穏な動きは鳴りを潜め、一見すっかり落ち着いた様な1課の雰囲気だけれど、よくよく観察をしてみれば課長の異変はまだまだ続いている。

今度は「去年の営業データを持ってこい」と、どう考えても転属まもない人に聞くことではない用件を、課長はなぜか小西さんの席までわざわざ赴いて指示を出している。
要求こそ小姑みたいに底意地が悪いくせに、その顔にはこれまた後光が差さんばかりの輝かしくも甘い微笑みを湛えている。

……要求と表情が合致しない。
困惑するような表情の小西さん同様に、それを密かに見守るこちらさえも、課長が何をしたいのかわからずに、実にモヤモヤとした気持ちになってくる。

本当にこれは小西さんへの不当なイビリなのだろうか?
それとも単にイレギュラーな形で新たに配属となった部下を気遣った、課長なりのコミュニケーション方法とでも言うのだろうか?

そもそも今まで課員に見せた事など殆ど無い、あんなキラキラした甘やかな笑顔を小西さんにだけ見せるのは、一体どうしてなんだろう?
小西さんは何か「特別な存在」だったりするから?
でも特別な存在って何?
何か特別な感情があるってこと?
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