早河シリーズ最終幕【人形劇】
 阿部警視に届いたUSBと合わせてこれで三本目だ。

『先ほどのなぎさとの結婚の申し出についてですが……』
『はい』

 早河は居住まいを正して正宗を見据える。こめかみを押さえて溜息をつく姿に娘を持つ父親の複雑な心境が見てとれた。

『あなたがこれから何をしようとしているのか私には想像もできないが、何があってもなぎさを残して死ぬことがないと約束できますか?』
『それは……お約束はできません』

きっぱりとした早河の口調に正宗の眉が上がる。

『何故?』
『それだけ僕がこれから行う事には死を伴う可能性が高いからです。死ぬことがない保障はどこにもありません』
『死を伴う可能性とはなぎさもですか? この前のように、なぎさが危険な目に遭うこともあると……』
『なぎささんは僕が命を懸けて守ります。しかし絶対になぎささんに危険が及ばないとは言い切れません。彼女も覚悟の上です』

 確固たる意思を感じる瞳を正宗は直視する。正宗が初めて早河と会った場所は息子の秋彦の遺体が安置された霊安室の中だった。

その時の早河はこの世のすべてを拒絶するような冷めた暗い瞳をしていた。早河が刑事を辞めて探偵になると聞いた時もこんな男に何ができるのかと当時は思っていたものだ。

 そろそろ彼を許す時なのかもしれない。
許す? ……違う。初めから憎んでなどいなかった。
ただ息子を失った行き場のない悲しみと怒りを彼にぶつけていただけだ。
娘までが彼のもとに行ってしまったことでプライドが邪魔をして頑なに彼を拒み続けていた。

『あなたもなぎさも覚悟の上でのこと……なのですね』

あの冷めた暗い瞳の彼はもういない。それがこの2年間の真実だ。

『早河さん。あなたは命の保障はできないと言った。ですが、約束してください。何があろうとも必ず生きて私達の所に帰ってきてください』

 畳に手をついて正宗は頭を下げた。突然のことで戸惑う早河に正宗は言葉を続ける。

『あなたの命はあなただけのものではない。あなたの命は私の息子、秋彦が最期に守った命です。死ぬ覚悟があったとしてもあなたが死ぬことを私は許しません。私にとってはあなたの命の半分は秋彦の命のようなものなのです』

正宗の気持ちを受け取った早河は涙ぐむ瞳を押さえた。正宗が顔を上げる。

『なぎさを頼みます』

 息子と娘を愛する父親から託された想いを抱えて、早河は『はい』と頷き返した。
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