早河シリーズ最終幕【人形劇】
『あった、あった。これが神明先生の履歴書です。顔写真もバッチリですよ』

 履歴書の名前の欄には達筆な文字で神明大輔と記入されている。名前の横に貼られた証明写真を見て早河は苦笑いを溢す。

ここまでドンピシャだとは思わなかった。まったく、嫌な勘ほどよく当たる。

『大胆不敵とはこの事ですね』
『はい?』
『主任は犯罪組織カオスのキングの顔をご存知ですか?』
『いえ……そもそも奴は指名手配はされていますが手配写真はありませんし、顔は知りませんね』

早河は刑務官の前に履歴書を置いて証明写真の部分を人差し指でトントンと叩いた。

『彼がキングです』
『……え?』
『神明大輔と名乗って拘置所で沢木乃愛のカウンセリングを行った臨床心理士、彼の正体が犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖なんですよ』

 主任刑務官はあんぐりと口を開けて放心していた。

 東京拘置所を後にした早河は品川駅に向かっている。車内のデジタル時計が14:56になった。
岡山駅で新幹線を途中下車した高山政行は現在、東京に戻る新幹線に乗っている。
彼の乗る新幹線は15:23品川着だ。

 啓徳大学病院精神科の高山政行のカウンセリングチームに神明大輔と名乗って貴嶋佑聖が潜り込み、部長の高山と同僚の麻衣子、そして恐ろしいことに高山の娘の有紗とも接触を図っていた。

早河が初めて神明の名を聞いたのも有紗からだった。夏に有紗と近所の夏祭りに出掛けた時に、有紗が神明というカウンセラーの話をしていたのをようやく思い出した。

高山にはメールで大方の事情説明はしてあるが、彼の返信からは神明大輔と貴嶋佑聖が同一人物であることが信じられない様子だった。無理もないだろう。

 携帯電話が鳴る。イヤホンに接続して早河は通話ボタンを押した。佐伯洋介が服役している府中刑務所に行かせた矢野一輝からだ。

{早河さんの読み、ビーンゴ。府中刑務所でも神明大輔と名乗る臨床心理士が佐伯のカウンセリングをやってました。カウンセリング日は11月26日}
『やっぱりな。佐伯と乃愛の脱獄は貴嶋の企てだったんだ。幻覚剤も貴嶋が与えたものだろう』

再逮捕された佐伯洋介と沢木乃愛は警察病院で検査を受けている。検査の結果、二人の血中から幻覚剤の成分が検出された。

{佐伯と乃愛が今日脱獄することは奴に仕組まれていたんですね}
『おまけに貴嶋は神明大輔の仮面を被ってこの1年、高山さんの下で働き、有紗のカウンセリングまで担当していた。恐ろしい奴だ』
{こんなに近くにいたとはね。ゾッとしますよ。神明大輔は戸籍上は何人か存在していますが、臨床心理士として啓徳大学病院に勤務する神明大輔は戸籍上ではひとりもいませんでした}
『貴嶋にとっては他人の戸籍を盗んで利用することも朝飯前だ。履歴書に書かれた住所にも別の人間が住んでいた』

 貴嶋が神明大輔として提出した履歴書の中で嘘がないのは、本人の証明写真のみ。そこがあの男の大胆不敵なところだ。
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