早河シリーズ最終幕【人形劇】
長方形のクッキー缶の中にはひとつひとつ小袋で包装されたクッキーが敷き詰められている。土産物によくあるクッキーの詰め合わせだ。
『見たところ毒入りではなさそうだ。好きに食っていいぞ』
『遠慮なくいただきまーす』
微笑した夫人の手からクッキーを受け取った矢野は小袋の封を切る。クッキーは丸い形のチョコチップクッキーだった。
『その見舞いの品が昨日家に送られて来た』
『病院ではなく警視の自宅に?』
『そうだ。差出人は俺の大学の同級生……だがそいつに確認したところ、そんなもの送った覚えはないと言っていた。中身は普通のクッキーだが……』
淡々とした口調で語った阿部は缶に敷き詰められているクッキーを全て出して、仕切りに使われているトレーとその下に敷かれたクラフト紙も取り去った。
『クッキーの下にこれが入っていた』
テーブルの上に散らばるクッキーと無惨に取り払われたトレーとクラフト紙。そして金色に光る缶の底には黒色のUSBメモリが横たわっていた。
USBが阿部から早河の手に渡る。
『中はご覧になりました?』
『一通りは。ただ俺の方ではデータのバックアップは取っていない。俺のパソコンがいつ狙われるかわからないからな』
『警視のPCのセキュリティシステムのレベル上げましょうか? 矢野なら1日あれば仕上げられますよ』
早河と阿部が矢野を見た。三つ目のクッキーを食べていた矢野は咀嚼したクッキーを飲み込んで手についたクッキーの残りかすを払った。
『1日で仕上げろはハードル高いなぁ。けどカオスのスパイダーには及ばなくても警察や他の組織からのハッキングを防ぐ程度なら俺が作ったセキュリティシステムでガードが可能です』
『お前の腕は武田大臣のお墨付きだ。任せる』
点滴スタンドを引いて阿部がベッドを降りた。彼は腰を屈めてベッドのマットレスを少し動かした。早河と矢野も手伝い、ずらしたマットレスの下から現れた物は黒色のノートパソコン。
『おお、そんなところに。さすが抜かりないですね』
『味方の中に敵が紛れ込んでいる。いつでも油断はできない。頼んだぞ』
『了解です』
矢野は阿部のノートパソコンを受け取り、それを阿部夫人から渡されたケーキ屋のビニール袋に入れた。袋は他にもあったが、矢野はあえてケーキ屋のロゴの入る黄色い袋を選んだ。
『そのUSBで二本目というとこか?』
阿部は夫人に支えられてベッドに戻った。動くとまだ傷が痛むようで彼は顔をしかめている。
『前回と送り主が同じならそうなりますね』
『同じなら……か。俺には送り主がどういうつもりなのか全く不明だが、今はこのUSBに賭けるしかない。そしてそれは早河、お前が持っていることに意味があるのだろう。送り主もお前の手に渡ることを見越して俺に送り付けている』
『俺にも送り主の意図は不明ですよ。遊んでいるのか遊ばれているのか。もしかすると俺達を翻弄して楽しんでいるのかもしれません』
早河は黒色のUSBをスーツの内ポケットに入れて室内を見回した。
『あれから盗聴の方は?』
『今のところはない。俺の意識がなかった間とこの病院に移った初日だけだ。盗聴器探しが毎朝毎晩の日課になってる。病室に盗聴器を仕掛けることができる人間は医者、看護師、警察関係者……ある意味ここは監獄だな。毎日監視されてる気分だ』
胸に手を当てた阿部は呼吸が苦しそうだった。2週間前に死の淵を彷徨《さまよ》っていた人だ。まだ体調が回復しきっていない。
『見たところ毒入りではなさそうだ。好きに食っていいぞ』
『遠慮なくいただきまーす』
微笑した夫人の手からクッキーを受け取った矢野は小袋の封を切る。クッキーは丸い形のチョコチップクッキーだった。
『その見舞いの品が昨日家に送られて来た』
『病院ではなく警視の自宅に?』
『そうだ。差出人は俺の大学の同級生……だがそいつに確認したところ、そんなもの送った覚えはないと言っていた。中身は普通のクッキーだが……』
淡々とした口調で語った阿部は缶に敷き詰められているクッキーを全て出して、仕切りに使われているトレーとその下に敷かれたクラフト紙も取り去った。
『クッキーの下にこれが入っていた』
テーブルの上に散らばるクッキーと無惨に取り払われたトレーとクラフト紙。そして金色に光る缶の底には黒色のUSBメモリが横たわっていた。
USBが阿部から早河の手に渡る。
『中はご覧になりました?』
『一通りは。ただ俺の方ではデータのバックアップは取っていない。俺のパソコンがいつ狙われるかわからないからな』
『警視のPCのセキュリティシステムのレベル上げましょうか? 矢野なら1日あれば仕上げられますよ』
早河と阿部が矢野を見た。三つ目のクッキーを食べていた矢野は咀嚼したクッキーを飲み込んで手についたクッキーの残りかすを払った。
『1日で仕上げろはハードル高いなぁ。けどカオスのスパイダーには及ばなくても警察や他の組織からのハッキングを防ぐ程度なら俺が作ったセキュリティシステムでガードが可能です』
『お前の腕は武田大臣のお墨付きだ。任せる』
点滴スタンドを引いて阿部がベッドを降りた。彼は腰を屈めてベッドのマットレスを少し動かした。早河と矢野も手伝い、ずらしたマットレスの下から現れた物は黒色のノートパソコン。
『おお、そんなところに。さすが抜かりないですね』
『味方の中に敵が紛れ込んでいる。いつでも油断はできない。頼んだぞ』
『了解です』
矢野は阿部のノートパソコンを受け取り、それを阿部夫人から渡されたケーキ屋のビニール袋に入れた。袋は他にもあったが、矢野はあえてケーキ屋のロゴの入る黄色い袋を選んだ。
『そのUSBで二本目というとこか?』
阿部は夫人に支えられてベッドに戻った。動くとまだ傷が痛むようで彼は顔をしかめている。
『前回と送り主が同じならそうなりますね』
『同じなら……か。俺には送り主がどういうつもりなのか全く不明だが、今はこのUSBに賭けるしかない。そしてそれは早河、お前が持っていることに意味があるのだろう。送り主もお前の手に渡ることを見越して俺に送り付けている』
『俺にも送り主の意図は不明ですよ。遊んでいるのか遊ばれているのか。もしかすると俺達を翻弄して楽しんでいるのかもしれません』
早河は黒色のUSBをスーツの内ポケットに入れて室内を見回した。
『あれから盗聴の方は?』
『今のところはない。俺の意識がなかった間とこの病院に移った初日だけだ。盗聴器探しが毎朝毎晩の日課になってる。病室に盗聴器を仕掛けることができる人間は医者、看護師、警察関係者……ある意味ここは監獄だな。毎日監視されてる気分だ』
胸に手を当てた阿部は呼吸が苦しそうだった。2週間前に死の淵を彷徨《さまよ》っていた人だ。まだ体調が回復しきっていない。