早河シリーズ短編集【masquerade】
 子どもの頃の夢を見た
夏の青空をふたつの紙飛行機が飛んでいく

ひとつは少年の手を離れた数秒後に地上に落下したが、もうひとつの紙飛行機はいつまでも飛行を続けている

遠く遠くどこまでも飛んで行く紙飛行機は少年の父親が作ったものだった


 ──『作り方にコツがあるんだ』


飛行を終えて草むらに着地した紙飛行機を手に取って父は得意気に言った
少年が作り方をねだっても彼は首を横に振るばかりで教えてくれない


 ──『まずは自分で考えなさい』


父はいつもそうだった
決して答えを教えてくれない
回答を導いてもくれない


 ──『自分を納得させる答えを導きだせるのは自分しかいない。自分にとっての正解は自分にしかわからない』


これが父の口癖だった
どんな物事の答えも彼は少年に教えなかった
そういう人だったのだ……


        *

  『“ ”』は中国語
  『  』は日本語


2009年6月7日(Sun)午後2時

 雷鳴の轟きで佐藤瞬は目を覚ました。細く開けた窓から流れ込む雨の匂いと湿った空気、雷鳴と豪雨の音が耳に残る。

 窓の隙間から大粒の雨が部屋に入り込んでいる。激しく揺れるカーテンのそばには水滴が点々としていた。

今まで見ていた、透き通る青空の夢と目の前に見えるどす黒い色合いの空とのギャップに少々混乱したまま、彼は窓を閉めた。

 ここは中華人民共和国、南京《なんきん》市。南京市は中国の副省級市で中国四大古都のひとつ。

人口は約827万人。同じ中国の都市の上海は約2415万人、日本の首都東京は約927万人、アメリカのニューヨークは853万人。
南京はニューヨークと同程度の人口だ。

 シャワーを浴びてから佐藤は自宅を出た。玄関を出た途端に湿度の高いムッとする空気が肌にまとわりつく。

中国三大ボイラーのひとつと言われる南京の夏は高温だ。6月でも平均気温は24℃、平均最高気温は29℃だ。
湿度は年間で74%の温暖湿潤気候。

 今日は雨が降っていて気温はそれほど高くはないが、湿度が高くじめじめしている。日本の梅雨時とそう変わらない。
日本もそろそろ梅雨入りの時期だろう。

 傘を差して足早に路地裏を進む。相手との約束は3時、充分間に合いそうだ。

薄汚れた路地裏のさらに薄汚れた店に入る。中国語でざわつく店内には、油っこい炒め物の匂いやアルコールの匂いが充満していた。

 店内を見渡しても約束の相手の姿はまだない。ひとまずカウンターの隅で注文した安い酒を飲み始めた頃に後ろから手で目隠しをされた。
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