早河シリーズ完結編【魔術師】
「金曜日に病院行って来た。予定日、11月の下旬だって。今度は冬生まれの子だね」

 早河はまだ頭が混乱していた。なぎさの妊娠を聞かされて、子どもができる心当たりがないわけではない。
心当たりと言うなら、あの時か? それともあの夜か? とにかく、なぎさが妊娠する可能性にはいくつか思い当たる節はある。

しかしまったくの想定外の出来事に、彼の思考が追い付かなかった。

「二人目できて嬉しくない?」
『いや……そうじゃなくて……』

 早河が放心している間にメリーゴーランドの旅から真愛が帰って来た。

「パパどうしたの?」

 ツインテールの髪を揺らして両親のもとに駆けてきた真愛は、黙り込む早河を見上げて首を傾げる。真愛の目の前で早河はなぎさを抱き締めた。

『……なぎさ。ありがとう』

耳元で囁かれた早河の言葉になぎさの頬もほっと緩む。真愛は両目に手を当て、にやにやと笑っていた。

「きゃーっ! パパとママがらぶらぶだぁ」
「ふふっ。真愛はお姉ちゃんになるんだよ」

 早河に抱き締められたまま、なぎさが真愛の頭に手を伸ばす。彼女は真愛のツインテールの髪を優しく撫でた。

「お姉ちゃん?」
「ママのお腹の中に、真愛の弟か妹がいるの」

きょとんとした顔の真愛は次第にその言葉の意味を理解して跳び跳ねた。

「お姉ちゃんになれるのっ? やったぁ!」

 真愛がまだ保育園の頃に、弟か妹が欲しいとねだられたことがある。動物が沢山出てくる絵本の中で、動物達に兄弟がいる描写が羨ましかったようだ。

子どもは欲しいとねだられても簡単に出来るものでもない。妊娠しても出産までの10ヶ月間、胎児が無事に育つ保証もない。

 そもそも命が産まれることが奇跡なのに、人は時々それを忘れがちだ。ここから、大切に育んでいこう。

 伏せていた早河の目に浮かぶのは感涙の雫。

「あれれ? パパ泣いちゃったよ」
「パパって泣き虫さんだよねぇ」
『これは嬉し泣き。二人目……家族が増えるのか』

 早河は真愛を抱き上げて膝に乗せた。ここにあとひとり、冬に生まれてくる我が子が加わる。

幼い頃に母親を、高校生の時に父親を亡くして孤独だった自分が、家庭を持って二児の父になる。すべては彼女に出会えたおかげだ。
彼はなぎさの肩を抱いた。見つめ合う夫婦の間にいるのは最愛の娘。

『愛してる』
「私も」
「ちょっとぉー! 全部聞こえてるし全部見えてるんですけどぉ!」

 両親の甘い時間を見せ付けられた真愛が笑顔で抗議する。早河となぎさは、真愛の小さな身体を二人で抱き締めた。

『真愛。大好きだぞ』
「ママも真愛が大好き!」
「へへっ! パパとママは甘えん坊さんなんだから!」

 三人でぎゅっとくっついて抱き締め合う。お腹の子も入れると四人だ。
真愛の笑い声が青空の遊園地に響いていた。

 季節は2018年春。
これからも彼らの物語は続いていく。
きらきらの未来に向けて一緒に歩こう。

“いつか、また。どこかで会いましょう”



完結編 魔術師 END
→あとがきに続く
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