愛すべきマリア
 歩きながら報告を始めるトーマス。

「一応任務は完了した。返事は一週間後だ。シラーズとの往復書簡が一週間とは……何か特別な連絡手段があるのか、はたまた送り先がシラーズでは無いのか」

 並んで歩くアラバスが答える。

「案外、近くにいるのかもしれんな。何れにしてもタイムリミットは定まったのだ。緊急で動くぞ」

 後ろを歩くアレンとカーチスが、真剣な表情を取り戻した。

「僕は準備を整え次第、カーチスと共にシラーズへ行くよ。再婚約の返事を手土産にすれば、話も早いだろうからね」

「ああ、忙しいだろうが頑張ってくれ」

 アレンの言葉にアラバスが頷いた後、トーマスに顔を向けて指示を出す。

「影を数人ダイアナに張り付かせるよう手配を頼む。今日にも動きだすかもしれん。なんと言っても貞操の危機だからなぁ」

「ああ、それを狙って煽ったつもりなんだが、なぜ知っている?」

 誰も返事をしない。

「シラーズとのやり取りについて、すぐにストーリーを練り上げろ。勉強だと思って、まずはカーチスがたたき台を作りなさい。アレンはすまんがその内容を添削してやってくれ」

「ああ、わかった。今日中には完成させよう」

 カーチスの顔が引きつる。

「え? 今日中なの?」

「当たり前だ。学生のように、勉強さえしておけば飯が食えるなんて甘い考えは今すぐ捨てろ。すぐに掛かれ」

 アレンの言葉に青褪めたカーチスは、ひとり駆け出した。

「僕は先に行くよ。一秒でも惜しい」

 三人はフッと息を吐いて頷きあった。

「では僕もお先に。国王陛下にいろいろ報告しなくちゃね」

 そう言うとトーマスも足早に去っていく。
 アラバスとアレンはそのまま執務室へと入った。

「どう動くと思う?」

 アラバスの問いに、顎に手を当てて考えるアレン。

「どうすれば良いかを問い合わせるだろうね。僕たちの仮説が正しいとしても、彼女は『主』ではなく『従』だ。僕の予想では、西の国の誰かと繋がっていて、攫われた態で出国するという筋書きだ。誰がいつどうやって攫うのか……王城からだぜ? 生半可な事ではない」

「王城から攫うとしたら、チャンスは夜会か城内の移動中くらいのものだ。来月には豊穣祭の夜会があるが……」

「うん、おそらくそこに標準を合わせていたのだろうが、トーマスのプロポーズで悠長にはしていられなくなったわけだ。そうなると、城内を移動している時ということになるが、そもそもそれほど移動なんてするか?」

「彼女が滞在している客間はサニタリールームが完備されているし、食事もメイドが運んでいる。行くと言えば図書室か庭園だな」

「どちらにしてもひとりでは無いよな……護衛もつけているのだし」

 その時マリアが飛び込んできた。

「アシュ~ あっアエンもいる~ わぁい一緒に遊ぼ?」

 ヒリつくような緊張感が一気に解け、アラバスの顔が柔らかく変化した。

「マリア、今日のお勉強は終わったのか?」

「うん、ちょっと前からお勉強の時間が減ったの。 マナーとダンスはもう十分だって。あと外国語ももう良いって言われたの。でもやることがないと、ロクなことをしないからって、ヒワリ語を習ってるの」

「ヒワリ語? 旧帝国の古典言語じゃないか。なぜそんなものを?」

「なんかねぇ、古いご本はヒワリ語で書かれているものも多いし、古文書もヒワリ語なんだってぇ~。アシュは忙しいからマリアができるようになりなさいって言われたの。ねえ、こもんじょってなあに?」

 アレンが口を挟む。

「古文書っていうのは、とても古い本のことだ。しかしあの難解ヒワリ語を『暇だとロクなことをしない』という理由で選ぶとは……ねえマリアちゃん、誰がそう言ったの?」

「おばちゃまだよ? おばちゃまはヒワリ語ができなくて、いろいろ困ったことがあったんだって。だからやった方がいいよって教えてくれたの」

「あの才女に苦手なことがあったのか……」

 アラバスの声にアレンが答える。

「彼女は確かに才女だが、刺しゅうと料理は壊滅的だ。その代わり、槍と乗馬は恐ろしく達者だがね。ヒワリ語なんてめったに使わないだろう? 必要ないと判断したが、意外と使われている文献が多かったってことかな……ねえマリアちゃん、ヒワリ語は誰に習っているの?」

「かてきょのおっさん」

「おっさん……誰の紹介か知ってる?」

「しらなぁ~い。変な顔で笑うんだよぉ。によによって。でもね、マリアのスミレを増やしてくれたの」

「スミレを増やす? どういうことだ?」

「あのね、スミレの砂糖菓子が増えてたの。あのおっさんが来る前より五個も増えてたよ」

「五個……マリアッ」

 アラバスが膝に乗るマリアをギュッと抱きしめた。

「マリア、最近スミレを食べたのはいつだ?」

「あのおっさんが来てからは食べてないの。おばちゃまに『いたずらした子には罰が必要だ』って怒られちゃったから、今はスミレ禁止なの……悲しい」

「食ってないんだな?」

「うん、今はマカロンばっかり。ちょっと飽きた」

 アラバスがホッと大きく息を吐く。
 アレンが侍従を呼んで、スミレの砂糖菓子の回収に向かわせる。

「おばちゃまに何をしたの? お菓子を禁止されるなってかなりのことだよ?」

 そう聞いたアレンにマリアがニコッと笑った。

「おばちゃまの鞄を借りただけだよ? 中身じゃないの、鞄だけ」

「その鞄は何に使ったの?」

「オタマジャクシを運んだの。西の池にいっぱいいたから、お風呂で飼おうと思ったの」

 アラバスとアレンが吹き出した。

「そうかぁ、じゃあしょうがないね。でもよくわかったねぇ、お菓子が増えてることが。だってたったの五個だろう? 見た目じゃわからないんじゃない?」

「毎日数えてたから」

 ちょうど侍従が砂糖菓子の瓶を持って帰ってきた。

「あ~ マリアのスミレ~」

 手を伸ばすマリアには渡さず、アレンが騎士を呼ぶように言う。

「これはちょっと預かっておくよ。僕に預けると瓶いっぱいまで増えるんだ。その方がマリアちゃんも嬉しいでしょ?」

「うん!」

 鑑定結果はすぐに出た。
 すでにマリアは部屋に戻っており、二人は人払いをしてソファーに座る。

「まさか微毒入りとはな……明日にでも捕縛したいところだが、泳がせる。目的は俺の足止めか?」

「ああ、お前が動くのを警戒したのだろう。泳がせるのは賛成だ。ダイアナと接触するかもしれんからな。マリアちゃんの警護も強化する」

「それにしても誰の推薦で入り込んだのだろうか」

「すぐに調べよう」

 アレンが立ち上がった。
 一人残ったアラバスがボソッと呟く。

「マリア……絶対に守ってやるからな」
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