愛すべきマリア
 それぞれの王が帰国し、実務者レベルでの会合が何度かおこなわれた。
 西の国は慌てたように使者を送ってきたが、三国とも聞く耳を持たず拒否の姿勢を貫いた。
 焦った西の国の王は、兵力を二つに分けてシラーズとバッディに攻め入ろうとしたが、行動を起こす前に、国内で潰されるという異常事態が発生した。
 それは各国に放たれていた草たちの反乱だ。
 人質となっていた者たちが解放されたのが切っ掛けだが、それを実行したのはオスロの息子であるシーリスとリーベルだった。
 シラーズ王国のカード元宰相とワンダリア王国の元侍従長オスロが西の国に潜入し、国王とその息子を刈り取ったと報告があったのは、つい今朝のことだった。

「ねえ兄上、西の国に行っているカードやオスロ達は戻ってくるの?」

 カーチスの問いにアラバスが答える。

「どうだろうな。戻っても居場所は無いだろう? 俺なら西の国に留まって再興に尽力すると思うが、奴らがどう考えるかはわからんよ」

「西の国は王族がいなくなったでしょ? どうするんだろうね」

「どうするのだろうな。まあ、今度の豊穣祭にはシラーズ王もバッディ王も参加すると返事を貰っているから、その時に決まるのではないか? どちらにしても民の生活が第一だ」

 黙って書類仕事をしていたアレンがふと顔を上げた。

「そういえばラランジェから手紙が来ていただろ? なんだって?」

 カーチスが肩を竦める。

「彼女はどうやら思い込みが激しいタイプなんだろうね。修道院の責任者っていう女性に心酔しちゃってるみたいだ。毎朝の奉仕と説教が楽しみなんだってさ。レイラからは手紙は来ないの?」

「何か不足があるなら差し入れすると手紙を書いたのだが、生きているだけで感謝しているから不要だと返事があったきりさ。ほら、クランプ公爵家が無くなっちゃっただろ? 差し入れくらいはしてやろうと思ったのだけれどね」

「彼女も思い込みが激しいタイプなんだろうね」

 カーチスの言葉にトーマスが頷いた。

「異父姉妹とはいえ、その辺りは似ているのかもな」

 カーチスが聞く。

「彼女たちは姉妹だって名乗り合ったの?」

 アレンが答える。

「言わないそうだよ。そういえば、ラランジェが心酔している院長ってのが、どうやら熊のような女らしくてさぁ。笑えるだろ? おまけに副院長は猿みたいなんだってさ」

「誰情報?」

「ラランジェについて行ったドナルド情報だ。あいつは修道院の下男をやっている」

「熊院長に猿副院長? それに狸と狐が仕えているってこと? 動物園じゃん。なんていう修道院だっけ」

「ワイールド修道院」

「ワイルド(野生)だって? 部屋には鉄格子でもはまってるんじゃないか?」

 カーチスのジョークにアラバスが吹き出した。
 全員で笑っていると、執務室のドアが開きマリア付きの侍女が慌てて駆け込んできた。

「殿下、陣痛が始まりました」

 アラバスが手に持っていた書類を放り投げて駆けだす。
 椅子を倒す勢いで立ち上がったトーマスも後に続いた。
 カーチスも走り出そうとした時、アレンがそれを目で制する。

「僕たちまで慌てる必要は無いよ。恐らく国王陛下も王妃陛下も使い物にはならないだろう。下手するとうちの両親も機能停止状態かもしれない。せめて僕たちだけは落ち着こう」

 カーチスが目を丸くする。

「凄いねアレン。冷静な判断だ」

「よく考えても見ろ。頑張るのはマリアちゃんなんだ。僕たちにできることは仕事を止めないことだけさ」

「まあ、そうだけど……気になるじゃん?」

「そりゃ気になるさ! ものすごく羨ましいさ! でもあいつらと一緒にドアの外でウロウロウロウロするのはちょっと違うような気がする」

「そうだね。うん、その通りだよ。僕たちはあの二人の分まで仕事をしなきゃね」

 そう言って机についたアレンとカーチスに、気を利かせた文官がお茶を出した。
 その頃マリアの寝室では、泣き叫ぶマリアと宥めるアラバスの声が響き渡っていた。

「痛いよぉぉぉぉ! 痛いのぉぉぉぉ! アシュ! アシュ! 痛いのよぉぉぉぉ!」

「マリア! ガンバレ! ああ、代われるものなら代わってやりたい! どうすればいい? どこが痛いのだ?」

「腰が痛いのぉぉぉぉ! パカッて割れちゃうぅぅぅぅぅ!」

「腰か? 腰を摩ればいいのか?」

 その後ろでは国王陛下と王妃陛下が手を握り合って涙ぐんでいた。

「マリアちゃん……マリアちゃん……ああ……どうすればいいの……」

「マリアちゃん、頑張れ! 終わったらパパが何でも買ってあげるからね」

 その声を聴いたマリアが荒い息のままで聞く。

「な……なんでも?」

「ああ、何でもだ。だから頑張ってくれ!」

「じゃあねぇ……えっとねぇ……きゃぁぁぁぁ! また痛いぃぃぃぃ!」

 マリアが欲しいものを考える暇もないほど、痛みの波が短くなってきていた。
 王宮医がマリアの額をガーゼで拭いながら厳しい声を出した。

「国王陛下も王子殿下もそろそろ退出を願います。もちろんアスター侯爵もです」

「俺は父親だ!」

「俺は夫だ!」

「僕は兄ですよ!」

「早く出て行きなさい!」

 それぞれに居座る権利を主張したが、敢え無く玉砕した三人だった。
 扉に耳をぴったりとつけ、中の様子を伺っていたアラバスが振り返った。

「出産のときには元のマリアに戻るのではなかったのか?」

「そうだよね……それを信じてどこかで安心してたことに今気づいたよ」

 黙って祈っている国王にアラバスが聞いた。

「父上、母上が出産したのはお幾つの時だったのですか?」

 ふと考えてから答える国王。

「確か十八だったな。うん、十八になってすぐくらいだった」

 トーマスが自分に言い聞かせるように呟いた。

「心は四つでも体は十七歳なんだ。頑張れマリア……」

 アラバスはギュッと目をつぶったまま壁に額を押し当てている。
 すっと扉が開き、王妃が顔を出した。
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