愛すべきマリア
双子の誕生は、アラバスの立太子と同時に発表されることになった。
しかし、噂というものは止めようも無く、国内の貴族からは我先にと祝いの品が届けられていた。
「さすがに豊穣祭に出席する国からは来てないね」
「そりゃそうだろう。たとえ早耳で聞いたとしても、送るより持参して直接渡した方が良いと判断するのは当然だ」
カーチスとトーマスが、第一王子宮のロビーに積み上げられていくプレゼント箱を眺めながらそんな話をしている。
「おい、手伝ってくれ。豊穣祭の来賓者がまた増えた」
豊穣祭の責任者はアラバスで、実行委員長としてラングレー宰相が名を連ねている。
アレンは会場と料理や飲み物の差配をしているのだが、予定よりも出席者が増えたようで、朝から走り回っている状態だ。
アラバスの立太子はカーチスが、双子のお披露目はトーマスがそれぞれ責任者として動いていた。
「うん、執務室でしょ? すぐに行くよ」
カーチスとトーマスがアレンの後を追う。
執務室ではアラバスが、晩さん会の席順に頭を抱えていた。
「決まったか?」
「あちらを立てればこちらが立たずだよ。何か画期的な打開策はないものかな」
「せっかく決まってたのに、やっぱり出席するっていう賓客が増えちゃったもんね。あと三日だっていうのに練り直しだもん、そりゃ大変だ」
ふとアレンが独り言のように呟いた。
「こういう時ってマリアちゃんなら常識に縛られない柔軟な発想をするんだろうね」
その言葉にアラバスとトーマス、そしてカーチスが眉を下げた。
「なんだか懐かしいよ。あの頃は大変だったけれど、とても充実してたよね。マリアちゃんってさぁ、常識としてどうかという以前に、人としてどうかっていう基本路線を貫くよね」
「ああ、今のマリアに不満があるわけじゃないのだが、なんと言うか……ぽっかり穴が開いた感じなんだよな。王子妃としてはダメだが、女としては最高だったよ」
そういうアラバスの肩をトーマスがポンと叩いた。
「でもさ、今のマリアって三割ぐらいあのマリアちゃんじゃないか? 少なくとも、兄として幼いマリアを知っている僕としては、あのまま順調に育っていれば、今のマリアになっていたのじゃないかと思うんだ。幼子が受けるべき愛を、遅ればせながら受け取ったのだろうね」
アレンが食いついた。
「やっぱりお前もそう思う? 僕もそんな気がするんだよね。仕草というか……一言で言うと愛おしいっていうかさぁ、可愛らしいっていうか。まさに子ウサギちゃんだよね」
盛大に咳き込んだアラバスに、カーチスがニヤッと笑う。
「この前の夕食の時さぁ、マリア妃ったら茸をわざと落としたんだ。あれって絶対あのマリアちゃんじゃね?」
トーマスが笑いながら答える。
「マリアは好き嫌いなんてなかったぜ? 何でも食べたはずだ。でもあのマリアちゃんは違ったよな。ってことはマリアはずっと我慢して食べてたってこと?」
「そうかもね」
アレンとトーマスが嬉しそうに笑う。
アラバスがふと顔を上げた。
「いっそマリアに相談するか。何かヒントが出てくるかもしれん」
書類をもっていそいそと立ち上がるアラバス。
トーマスが笑いを堪えて言った。
「マリアに相談に行くのか? それとも子供の顔を見に行くのか?」
アラバスが振り返ってニヤッと笑った。
「子供の顔を見ながら、マリアに相談するんだよ」
「じゃあ僕もいく!」
「あっ、それなら僕たちも!」
結局四人でマリアの部屋へと向かった。
「マリア! アダムス! ジャスミン! パパだよぉぉぉ」
アラバスの声に振り向いた侍女長がニヤッと笑う。
「王子殿下と王女殿下はたった今、お昼寝に入られました。起こさないでくださいね」
「え……そうか……それは残念だ」
しょげかえる四人にマリアが声を出す。
「大の男が雁首揃えて、なんて顔をしているのですか? お仕事中ではないの?」
アラバスが取り繕うように言う。
「ちょっと相談に来たんだ。体調はどうだ? 仕事の話ができるか?」
「ええ、お陰様で体調はすこぶる良いですわ。では執務室に行きましょう」
マリアが立ち上がり扉を指さした。
侍女長が間髪入れずにフォローする。
「話し声で起きてしまわれるかもしれませんので、移動をお勧めしますわ」
頷いたマリアが、メイドにお茶とお菓子の準備を頼み、隣の部屋へと移動した。
ぞろぞろと付き従う男たちに、侍女長もメイドも笑いを堪えるので必死だ。
「それで? 相談とは何ですの? 私でお役に立てるのかしら」
アラバスが会場の図面を広げた。
「豊穣祭の式典は王族だけで神殿でやり、その後城に戻って来賓たちと祝宴。これは例年通りだ。でも今年は俺の立太子と、あの子たちの誕生報告があるだろ? それにシラーズとバッディの新王紹介と西の国についても報告をしなきゃならん」
「ええ、大きなイベントがいくつもありますわね」
「そうなんだ。開催の順番も難しいし、内容によっては主賓も変わる。どうしたものかと思ってな」
マリアが驚いた顔をした。
「あと三日という今日になって? まだ決まってないのですか?」
アレンが慌てて口を挟んだ。
「決まってたよ。でも双子ちゃんの誕生が知られちゃって、来ないって言ってたのに来るって言いだした人が多くてね。断るわけにもいかないし……それで練り直しなんだけれど、内容によって関係者とそうでない者が入り乱れる感じになっちゃうんだ」
「なるほど」
真剣な顔で考えていたマリアが、ふっと顔を上げた。
「そもそも、それらを全部纏めて『一日で済ませる』というところに無理がありません? だってどれをとっても一大イベントでしょう?」
トーマスがコクコクと何度も頷いた。
「そりゃそうだな。時間を増やすのではなく、日数を増やすのか」
「ええ、例えば1日目は例年通りの豊穣祭からの晩餐、二日目にシラーズ王とバッディ王の紹介と西の国のこと。まあそういう意味では二日目はほぼ会議のようなものですわね」
アレンが続ける。
「うん、いいね。それならかなり分散できる。初日の祭に参加しても、各国の首脳会議には参加しない人も多いだろう。なんなら観光ツアーでも企画して、儲けさせてもらおうかな」
トーマスが頷く。
「そうだね、首脳会議には各国の代表と側近だけが参加すればいいんだ。それなら大会議室で十分だよ。夜の会食も、会議に参加したメンバーの家族だけにすれば収拾も付けやすい。護衛や側近もいるだろうから、立食形式がいいかもしれない」
カーチスが聞く。
「三日目に兄上の立太子と双子ちゃんのお披露目ってこと? だったら国内貴族と各国首脳だけにすれば、ゆったりとしたパーティーにできるね」
マリアが頷く。
「ええ、豊穣祭には参加しても、二日目や三日目まで参加するとなると、各国の王族と国内の高位貴族だけでしょう? 逆に一日目には参加しないという来賓もいるかもしれないわ」
アラバスが頷いた。
「三日間か。となると、アレンの担当部分が相当変更になるな。頑張れるか?」
「任せとけ。ちょいと予算はオーバーするが、そこはお前に任せるよ」
アレンの言葉にアラバスがサムズアップしてみせた。
「警備体制も練り直しだな。これはトーマスに頼むしかないな」
「ああ、了解した。近衛騎士隊長も全面バックアップ体制をとってくれている」
カーチスが自分の顔を指さして言う。
「僕は? ねえ、僕は何をすればいい?」
「お前はいつも通りだよ。国王陛下と王妃陛下が暴走しないように見張る事と、もし暴れたら、体を張って止めることだ。」
「うん……やっぱりそうだよね。なんか命の危険を感じるんだけど……」
アレンが満面の笑みで言う。
「安心しろ。何があっても見守ってやる。万が一の時は骨も拾ってやるさ」
カーチスがマリアの膝に頭をのせた。
「マリアちゃん! 同級生の誼で助けてよぉ」
マリアがニコッと笑ってカーチスの頭を撫でる。
「カチスはいい子でしょ? だから頑張ってね? マリアも応援してるよ。上手にできたらスミレの砂糖漬けを二つあげようね。いいこいいこもしてあげるね」
アラバスが驚いた顔でマリアを見た。
マリアは肩を竦めてからウィンクをして見せる。
「似てたかしら?」
「そっくりだったよ。驚いた」
「でも不思議なのよ。私が眠っている間にあの子が身につけたことは、今の私も全部できちゃうの。最近は寝てるばかりじゃなくて、起きて話しかけてくることもあるし」
カーチスはまだマリアの膝でゴロゴロと猫のように甘えている。
「いい加減しろ!」
カーチスの首根っこを持って引き剝がしたアラバスは、何事も無かったかのように。自分がポスッとそこへ収まった。
「お前もいい加減にしろ」
そう言ったのはトーマスなのかアレンなのかわからない。
しかし、噂というものは止めようも無く、国内の貴族からは我先にと祝いの品が届けられていた。
「さすがに豊穣祭に出席する国からは来てないね」
「そりゃそうだろう。たとえ早耳で聞いたとしても、送るより持参して直接渡した方が良いと判断するのは当然だ」
カーチスとトーマスが、第一王子宮のロビーに積み上げられていくプレゼント箱を眺めながらそんな話をしている。
「おい、手伝ってくれ。豊穣祭の来賓者がまた増えた」
豊穣祭の責任者はアラバスで、実行委員長としてラングレー宰相が名を連ねている。
アレンは会場と料理や飲み物の差配をしているのだが、予定よりも出席者が増えたようで、朝から走り回っている状態だ。
アラバスの立太子はカーチスが、双子のお披露目はトーマスがそれぞれ責任者として動いていた。
「うん、執務室でしょ? すぐに行くよ」
カーチスとトーマスがアレンの後を追う。
執務室ではアラバスが、晩さん会の席順に頭を抱えていた。
「決まったか?」
「あちらを立てればこちらが立たずだよ。何か画期的な打開策はないものかな」
「せっかく決まってたのに、やっぱり出席するっていう賓客が増えちゃったもんね。あと三日だっていうのに練り直しだもん、そりゃ大変だ」
ふとアレンが独り言のように呟いた。
「こういう時ってマリアちゃんなら常識に縛られない柔軟な発想をするんだろうね」
その言葉にアラバスとトーマス、そしてカーチスが眉を下げた。
「なんだか懐かしいよ。あの頃は大変だったけれど、とても充実してたよね。マリアちゃんってさぁ、常識としてどうかという以前に、人としてどうかっていう基本路線を貫くよね」
「ああ、今のマリアに不満があるわけじゃないのだが、なんと言うか……ぽっかり穴が開いた感じなんだよな。王子妃としてはダメだが、女としては最高だったよ」
そういうアラバスの肩をトーマスがポンと叩いた。
「でもさ、今のマリアって三割ぐらいあのマリアちゃんじゃないか? 少なくとも、兄として幼いマリアを知っている僕としては、あのまま順調に育っていれば、今のマリアになっていたのじゃないかと思うんだ。幼子が受けるべき愛を、遅ればせながら受け取ったのだろうね」
アレンが食いついた。
「やっぱりお前もそう思う? 僕もそんな気がするんだよね。仕草というか……一言で言うと愛おしいっていうかさぁ、可愛らしいっていうか。まさに子ウサギちゃんだよね」
盛大に咳き込んだアラバスに、カーチスがニヤッと笑う。
「この前の夕食の時さぁ、マリア妃ったら茸をわざと落としたんだ。あれって絶対あのマリアちゃんじゃね?」
トーマスが笑いながら答える。
「マリアは好き嫌いなんてなかったぜ? 何でも食べたはずだ。でもあのマリアちゃんは違ったよな。ってことはマリアはずっと我慢して食べてたってこと?」
「そうかもね」
アレンとトーマスが嬉しそうに笑う。
アラバスがふと顔を上げた。
「いっそマリアに相談するか。何かヒントが出てくるかもしれん」
書類をもっていそいそと立ち上がるアラバス。
トーマスが笑いを堪えて言った。
「マリアに相談に行くのか? それとも子供の顔を見に行くのか?」
アラバスが振り返ってニヤッと笑った。
「子供の顔を見ながら、マリアに相談するんだよ」
「じゃあ僕もいく!」
「あっ、それなら僕たちも!」
結局四人でマリアの部屋へと向かった。
「マリア! アダムス! ジャスミン! パパだよぉぉぉ」
アラバスの声に振り向いた侍女長がニヤッと笑う。
「王子殿下と王女殿下はたった今、お昼寝に入られました。起こさないでくださいね」
「え……そうか……それは残念だ」
しょげかえる四人にマリアが声を出す。
「大の男が雁首揃えて、なんて顔をしているのですか? お仕事中ではないの?」
アラバスが取り繕うように言う。
「ちょっと相談に来たんだ。体調はどうだ? 仕事の話ができるか?」
「ええ、お陰様で体調はすこぶる良いですわ。では執務室に行きましょう」
マリアが立ち上がり扉を指さした。
侍女長が間髪入れずにフォローする。
「話し声で起きてしまわれるかもしれませんので、移動をお勧めしますわ」
頷いたマリアが、メイドにお茶とお菓子の準備を頼み、隣の部屋へと移動した。
ぞろぞろと付き従う男たちに、侍女長もメイドも笑いを堪えるので必死だ。
「それで? 相談とは何ですの? 私でお役に立てるのかしら」
アラバスが会場の図面を広げた。
「豊穣祭の式典は王族だけで神殿でやり、その後城に戻って来賓たちと祝宴。これは例年通りだ。でも今年は俺の立太子と、あの子たちの誕生報告があるだろ? それにシラーズとバッディの新王紹介と西の国についても報告をしなきゃならん」
「ええ、大きなイベントがいくつもありますわね」
「そうなんだ。開催の順番も難しいし、内容によっては主賓も変わる。どうしたものかと思ってな」
マリアが驚いた顔をした。
「あと三日という今日になって? まだ決まってないのですか?」
アレンが慌てて口を挟んだ。
「決まってたよ。でも双子ちゃんの誕生が知られちゃって、来ないって言ってたのに来るって言いだした人が多くてね。断るわけにもいかないし……それで練り直しなんだけれど、内容によって関係者とそうでない者が入り乱れる感じになっちゃうんだ」
「なるほど」
真剣な顔で考えていたマリアが、ふっと顔を上げた。
「そもそも、それらを全部纏めて『一日で済ませる』というところに無理がありません? だってどれをとっても一大イベントでしょう?」
トーマスがコクコクと何度も頷いた。
「そりゃそうだな。時間を増やすのではなく、日数を増やすのか」
「ええ、例えば1日目は例年通りの豊穣祭からの晩餐、二日目にシラーズ王とバッディ王の紹介と西の国のこと。まあそういう意味では二日目はほぼ会議のようなものですわね」
アレンが続ける。
「うん、いいね。それならかなり分散できる。初日の祭に参加しても、各国の首脳会議には参加しない人も多いだろう。なんなら観光ツアーでも企画して、儲けさせてもらおうかな」
トーマスが頷く。
「そうだね、首脳会議には各国の代表と側近だけが参加すればいいんだ。それなら大会議室で十分だよ。夜の会食も、会議に参加したメンバーの家族だけにすれば収拾も付けやすい。護衛や側近もいるだろうから、立食形式がいいかもしれない」
カーチスが聞く。
「三日目に兄上の立太子と双子ちゃんのお披露目ってこと? だったら国内貴族と各国首脳だけにすれば、ゆったりとしたパーティーにできるね」
マリアが頷く。
「ええ、豊穣祭には参加しても、二日目や三日目まで参加するとなると、各国の王族と国内の高位貴族だけでしょう? 逆に一日目には参加しないという来賓もいるかもしれないわ」
アラバスが頷いた。
「三日間か。となると、アレンの担当部分が相当変更になるな。頑張れるか?」
「任せとけ。ちょいと予算はオーバーするが、そこはお前に任せるよ」
アレンの言葉にアラバスがサムズアップしてみせた。
「警備体制も練り直しだな。これはトーマスに頼むしかないな」
「ああ、了解した。近衛騎士隊長も全面バックアップ体制をとってくれている」
カーチスが自分の顔を指さして言う。
「僕は? ねえ、僕は何をすればいい?」
「お前はいつも通りだよ。国王陛下と王妃陛下が暴走しないように見張る事と、もし暴れたら、体を張って止めることだ。」
「うん……やっぱりそうだよね。なんか命の危険を感じるんだけど……」
アレンが満面の笑みで言う。
「安心しろ。何があっても見守ってやる。万が一の時は骨も拾ってやるさ」
カーチスがマリアの膝に頭をのせた。
「マリアちゃん! 同級生の誼で助けてよぉ」
マリアがニコッと笑ってカーチスの頭を撫でる。
「カチスはいい子でしょ? だから頑張ってね? マリアも応援してるよ。上手にできたらスミレの砂糖漬けを二つあげようね。いいこいいこもしてあげるね」
アラバスが驚いた顔でマリアを見た。
マリアは肩を竦めてからウィンクをして見せる。
「似てたかしら?」
「そっくりだったよ。驚いた」
「でも不思議なのよ。私が眠っている間にあの子が身につけたことは、今の私も全部できちゃうの。最近は寝てるばかりじゃなくて、起きて話しかけてくることもあるし」
カーチスはまだマリアの膝でゴロゴロと猫のように甘えている。
「いい加減しろ!」
カーチスの首根っこを持って引き剝がしたアラバスは、何事も無かったかのように。自分がポスッとそこへ収まった。
「お前もいい加減にしろ」
そう言ったのはトーマスなのかアレンなのかわからない。