虎治と千鶴 ―― 硬派なヤクザと初心なお嬢

13 虎治と千鶴



 目蓋を閉じてうっとりと、しなやかに仰け反った首筋が見ていて綺麗だった。

 「とら、あのね……」
 「なんでしょう」
 「この前、みたいな……キスが、した……んぐ、っ」

 言い終える前につい、喰っちまった。
 体を交わすのも二回目。何一つ慣れてやしねえに決まってる。分かっちゃいるが……何かを訴えようと、俺の肩に爪が立つ。

 「ぷ、ふ……っ、とらじがいじわるする……」

 頬を赤くさせ、抗議をしたいんだろうがそれ以上は言葉が出ない千鶴さんの涙が薄く滲んだ瞳にじろりと睨まれる。それすら、可愛くて。

 「本当に、あなたと言う人は……本職のヤクザにアヤつけようってんなら、受けて立ちますよ」
 「え……と、とら……っ?!」

 相手はその総本山の娘だったが。

 

 そうして正月の朝から、ひっぱたかれる覚悟をした。
 俺は昨晩、それだけのことをしちまったんだ。

 肌着どころかほぼ裸で千鶴さんを囲ったまま朝を向かえ、俺がしたことはまず一番に風呂を洗って湯を沸かし、昨夜に使った食器を全て洗って台所を整えた。そしてベッドの下の床板に膝をついて土下座寸前でいた俺は「あれって本当に、恋人同士の……なの?」と困り顔で千鶴さんに昨夜の男女のアレコレを問われ、首を横に振る。

 「違い、ます」
 「そう……なんだ」

 ベッドの上の千鶴さんはくたびれた様子で……何もかも俺が悪い。しかも酒が入っていたからやわらけえ体に余計な悪さをしちまった。

 「申し訳ありません」
 「……落とし前つけて」
 「何なりと……」
 「お風呂入ってくるから、その間に朝ごはん作って。お雑煮も。私のお餅は二個ね」
 「お嬢……」
 「千鶴。私は“虎治だけの千鶴”よ?」

 素肌に掛け布団を抱いている千鶴さんは笑っている。

 「とら、好きよ」

 ――ずっとずっと、よろしくね。


 ◇ ◆ ◇


 かくして俺は年が明け、親父やおかみさんがひと息ついた頃合いを見て頭を下げに行った。もちろん、隣には千鶴さんがいて。
 お二人の大切な娘さんと結婚を前提にお付き合いをさせて頂いている、と。

 「お父さん、籍を入れる話じゃねえのか?!とか虎治の口上が終わる前に食いぎみに言ってたけど」
 「俺たちは俺たちなりに」
 「うん。まずは……」

 一緒に暮らそうと思う。
 親父とおかみさんに頭を下げた時にそう告げた。
 今は挨拶帰りの車内で……今までは後部座席の左側が彼女の定位置だった、が。

 「千鶴、このままドライブしませんか」
 「行く!!」
 「中華街にでも行って、メシ食いましょう」
 「そしてなぜか甘栗を買わないといけない義務感が」
 「茶もいくつか見繕って」

 うんうんと頷く人は今、ハンドルを握る俺の隣に座っている。

 「なんか助手席、そわそわしちゃう」
 「そうですか?」
 「虎治が格好いいから」
 「光栄です」
 「ふふっ」

 問答がおかしくて、二人で笑う。
 親父とおかみさんにしっかりと、男として筋を通さなきゃならなかった俺はともかく……千鶴さんも今日はしっかりとめかし込んでくれていたからこのままデート、ってな。

 「寒くないですか?千鶴の膝掛け、後ろに置きっぱなしで」
 「ん?大丈夫。ありがと」
 「……俺も、やっぱりなんかそわそわしちまうな。いくら呼び捨てても良いと言われても染み付いちまってるせいか言い馴れねえや」
 「だから虎治、なんかずっと妙な敬語なんだ」
 「馴れるまで、時間が掛かりそうです」
 「ゆっくり、ね」
 「ええ」

 新しい年が始まる。
 俺と千鶴さんの暮らしが、始まる。


 おしまい。


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