ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「万が一あれが見つかれば、貴方も私もただでは済まないと思ったの」
「…そうだよね。僕が考えなしだった、すまないリリーシュ」
「謝らないで。エリオットの気持ちはとても嬉しいわ。私の為に、ありがとう」
にこりと微笑むリリーシュを見て、エリオットは堪らない気持ちになる。まだ希望を捨てなくても良いのかと、縋りたくなる。
「ねぇリリーシュ。君はどうして、こっちの宮殿に移ったの?」
「えっ?」
「ルシフォール殿下に命令されたから?ねぇ、そうなんでしょう?」
「そういう訳じゃあ」
「嘘だ!冷徹な暴君だと噂されているあんな男に、リリーシュがなびく筈ない!」
「ち、ちょっと待ってエリオット!どうか落ち着いて!」
ユリシスの計らいで周囲を人払いしてもらっているとはいえ、決して無人ではない。向こうには訓練に励んでいる見習い騎士達が大勢居るし、変な噂を立てられればエリオットにもルシフォールにも迷惑が掛かってしまうと、リリーシュは焦った。
「あのね、エリオット。今日は貴方とちゃんとお話しがしたくて、こうしてユリシス様に頼んだの。だからお互い、思っている事を言いましょう?」
近くのベンチに腰掛ける様促し、二人は少し距離を空けて座る。変な疑いをかけられない為とはいえ、エリオットはそれがとても悲しかった。
以前なら自分が彼女の一番近くに居られたのに、と。
「ここで見かける貴方は、いつも顔が暗いわ。私はそれがとても心配なの」
「…リリーシュが居ないと、僕はダメなんだ」
「私だってここへ来た頃は、いつも貴方の事を思い出していたのよエリオット。無意識に貴方の瞳の色と同じ、エメラルドのネックレスをつけてしまうくらい。子供みたいで笑っちゃうでしょう?」
「今はもう平気になったの?僕の事を、考えてはくれないの?」
すがるようなエリオットの瞳に、リリーシュの胸もきしりと痛む。もしかしたら自分は、彼にとんでもなく酷い事をしてしまっているのかもしれないと、彼女は思った。
「貴方は私の、大切な幼馴染よ。離れていてもそれは変わらないわ」
「嫌だ。僕は君と離れていたくない。君に僕の気持ちが分かるかい?君に会える冬季休暇を心待ちにしていたのに、両親から君が第三王子の婚約者候補になってしまったという便りを受け取った、僕の気持ちが」
「…ごめんなさい、エリオット」
「負債の事を、どうして僕や僕の両親に相談してくれなかったんだ。話してくれれば、必ず力を貸したのに。そうすればアンテヴェルディ家に白羽の矢が立つ事も」
「…そうしてくれると、分かっていたから」
ヘーゼルアッシュの瞳が、ゆらりと揺れる。ジッとこちらを見つめる彼女の表情は慈愛に満ちていて、エリオットは自分が愛されていると勘違いしてしまいそうだった。
「今までもずっとそうだった。アンテヴェルディ家は、ウィンシス家に頼ってばかり。これからもそうしなければ保てない家など要らないと、私は思ったのよ」
「…リリーシュ」
「本当に、ごめんなさい」
許したくない、どうしてそんな勝手な事を。
僕はこんなにも君を、君だけを愛しているのに。
どうして、どうして、どうして……
「いや、君は悪くない。謝らないで、リリーシュ」
エリオットは胸中に渦巻くどす黒い独占欲と嫉妬を隠し、唇を噛みながらそう答える。
リリーシュには、それが彼の本心でない事は分かっていた。申し訳なくて、堪らなかった。
今まで、自分は人畜無害な事なかれ主義だと思っていたけれど。本当は誰よりも傲慢で愚かなのかもしれないと、泣いてしまいそうだった。
「…そうだよね。僕が考えなしだった、すまないリリーシュ」
「謝らないで。エリオットの気持ちはとても嬉しいわ。私の為に、ありがとう」
にこりと微笑むリリーシュを見て、エリオットは堪らない気持ちになる。まだ希望を捨てなくても良いのかと、縋りたくなる。
「ねぇリリーシュ。君はどうして、こっちの宮殿に移ったの?」
「えっ?」
「ルシフォール殿下に命令されたから?ねぇ、そうなんでしょう?」
「そういう訳じゃあ」
「嘘だ!冷徹な暴君だと噂されているあんな男に、リリーシュがなびく筈ない!」
「ち、ちょっと待ってエリオット!どうか落ち着いて!」
ユリシスの計らいで周囲を人払いしてもらっているとはいえ、決して無人ではない。向こうには訓練に励んでいる見習い騎士達が大勢居るし、変な噂を立てられればエリオットにもルシフォールにも迷惑が掛かってしまうと、リリーシュは焦った。
「あのね、エリオット。今日は貴方とちゃんとお話しがしたくて、こうしてユリシス様に頼んだの。だからお互い、思っている事を言いましょう?」
近くのベンチに腰掛ける様促し、二人は少し距離を空けて座る。変な疑いをかけられない為とはいえ、エリオットはそれがとても悲しかった。
以前なら自分が彼女の一番近くに居られたのに、と。
「ここで見かける貴方は、いつも顔が暗いわ。私はそれがとても心配なの」
「…リリーシュが居ないと、僕はダメなんだ」
「私だってここへ来た頃は、いつも貴方の事を思い出していたのよエリオット。無意識に貴方の瞳の色と同じ、エメラルドのネックレスをつけてしまうくらい。子供みたいで笑っちゃうでしょう?」
「今はもう平気になったの?僕の事を、考えてはくれないの?」
すがるようなエリオットの瞳に、リリーシュの胸もきしりと痛む。もしかしたら自分は、彼にとんでもなく酷い事をしてしまっているのかもしれないと、彼女は思った。
「貴方は私の、大切な幼馴染よ。離れていてもそれは変わらないわ」
「嫌だ。僕は君と離れていたくない。君に僕の気持ちが分かるかい?君に会える冬季休暇を心待ちにしていたのに、両親から君が第三王子の婚約者候補になってしまったという便りを受け取った、僕の気持ちが」
「…ごめんなさい、エリオット」
「負債の事を、どうして僕や僕の両親に相談してくれなかったんだ。話してくれれば、必ず力を貸したのに。そうすればアンテヴェルディ家に白羽の矢が立つ事も」
「…そうしてくれると、分かっていたから」
ヘーゼルアッシュの瞳が、ゆらりと揺れる。ジッとこちらを見つめる彼女の表情は慈愛に満ちていて、エリオットは自分が愛されていると勘違いしてしまいそうだった。
「今までもずっとそうだった。アンテヴェルディ家は、ウィンシス家に頼ってばかり。これからもそうしなければ保てない家など要らないと、私は思ったのよ」
「…リリーシュ」
「本当に、ごめんなさい」
許したくない、どうしてそんな勝手な事を。
僕はこんなにも君を、君だけを愛しているのに。
どうして、どうして、どうして……
「いや、君は悪くない。謝らないで、リリーシュ」
エリオットは胸中に渦巻くどす黒い独占欲と嫉妬を隠し、唇を噛みながらそう答える。
リリーシュには、それが彼の本心でない事は分かっていた。申し訳なくて、堪らなかった。
今まで、自分は人畜無害な事なかれ主義だと思っていたけれど。本当は誰よりも傲慢で愚かなのかもしれないと、泣いてしまいそうだった。