裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
 この世界は、どうしようもなく理不尽だ。

『仕方なかったんだ!』

 仕方ない? 血塗れになった男を見下ろしながらグレイは理解できない単語を復唱する。

『いってらっしゃい、お兄ちゃん』

 家に帰ったら、満面の笑みでそう言って送り出してくれた妹、ユズリハの姿がなかった。

『誰かを差し出すしかなかったんだよっ!』

 曰く、どこぞの大貴族様の道楽のために、町全体を人質とした理不尽な要求があったのだという。
 見目麗しい少女を差し出せ、と。
 それが、どうしてユズリハを差し出していい道理になると詰め寄ったグレイに町長だった男は言った。
 あんな変態どもに自分の可愛い娘を差し出せるか、と。
 その後は正直よく覚えていない。
 貧しい孤児なんてどうせ碌に役に立たないゴミのくせにとか。
 たった一人差し出すだけで町全体が助かったんだとか。
 色々喚かれた気がするが、その叫び声は全て赤色の中に消えていき、気づいたときには、両手は既に血まみれで。
 ユズリハを犠牲に彼らが守った平和とやらを踏み荒らした後だったが、グレイにとってはどうでも良かった。

『お兄ちゃん!』

 まだ10歳になったばかりの、たった一人の肉親()
 正攻法なんかで取り戻せるわけがない。
 あの日からグレイはずっと殺し屋として舞台裏からユズリハの行方を探している。
 だが、年数を重ねることに嫌でも思い知る。
 この世界はとても残酷にできていて。
 人の欲望の裏側で狂気と絶望に踏み付けられた骸が数え切れないほど転がっている。
 そんな醜く彩られたこの世界で、幼い少女が生き残っている可能性はあまりに低く、妹が生きただろうわずかな痕跡ですら掬い上げる事は困難だ、と。
 
「さぁ、それでは本日の掘出し物のご紹介です!」

 グレイの思考はそんな声とともに、現在に戻る。

「毛色の珍しいアイスシルバーの髪に仄暗い海の底を彷彿させる両の瞳」

 商品として紹介されたグレイの視界が一気に開ける。

「護身用に使うもよし。儀式に使うもよし。夜のペットとして奉仕させ可愛がるのも良いでしょう。器量も技量も申し分ない、狂犬の躾は当方でお任せください」

 特別に従順にする薬をおつけいたします、と言われ確かに身体の動きが鈍い事に気づく。
 グレイは視線を上げて声の主を辿る。仮面をつけてはいるが、事前に確認していたコールトン(ターゲット)と一致した。
 こいつの表の家業は製薬会社だったなとぼんやり考えたグレイは、客席に視線を流す。
 檻の置かれた舞台は低く、ぐるりと囲われた階段状の客席からは沢山の好奇の視線が降ってくる。
 その中の一つと視線が交わり、グレイは眉間に皺を寄せる。

「使い方はあなた次第。さぁ、まずは100万セラから」

 オークション開始を告げる鐘と共に会場から値段を釣り上げる声がグレイの耳を通り抜ける。
 その他大勢が目に入らないほど、彼女の存在は異質だった。
 足を組み悠然と見下ろしてくる彼女は楽しげに口元を動かす。

『わ・た・く・し・を・よ・ん・で』

 仮面越しなのに、その空色の瞳は恍惚としているのが分かる。
 悪魔の余興に乗ってやるのは癪だが、このまま見知らぬ誰かに売却されるのはもっと癪だ。

「片付いたら好きなだけくれてやる。来い、パトリシア」

 満足気に笑った彼女は音もなく立ち上がり、綺麗にまとめ上げた髪を解いたパトリシアは、

「仰せの通りに、旦那さま」

 蝶の仮面を脱ぎ捨てた。
< 18 / 54 >

この作品をシェア

pagetop