【Guilty secret】
「諸事情で記事は取り止めになりました。私がこの事件の記事を書くことはありません。ですが、ジャーナリストとしてではなくひとりの人間として事件の真相を知りたいと思っています」
彼女は持参したタブレット端末を起動させて画面を赤木に向ける。赤木はタブレットに表示されたものに視線を落とした。
「盗撮だと言われても仕方のない行為だと承知しています。こちらに写っている男性はあなたですよね?」
タブレット画面には三軒茶屋のカラオケ店の入り口に立つ男女の写真が表示されていた。左側に長身の男、右側に女がいる。
赤木の沈黙をイエスと捉えた沙耶は右側の女を指差した。
「隣にいるこの女の子とのご関係は?」
『話す必要がありますか?』
「差し支えなければ。女の子とカラオケに入ったくらいで責められることは何もありません。やましいことがないなら、お話できると思いますが」
赤木は微笑する。この状況でどうして笑える? 沙耶には赤木奏という男が読めない。
『知人ですよ』
「どの程度の親しさの知人でしょう?」
『一緒にカラオケに入る程度の親しさです』
「恋人という解釈でよろしいですか?」
『西崎さんは恋人以外の異性とカラオケに行かれた経験がないんですか?』
ああ言えばこう返される。なかなかに手強い。
「この女性は今は清宮芽依さんと名乗っていますが、知人なら清宮さんの前の苗字をご存知ですよね?」
『前の苗字と言われても……。彼女は大学生ですし、婚姻歴はないはずですよ。昔、ご両親が離婚されたとか?』
「いいえ、清宮は養子先の苗字です。彼女が養子に入る前の苗字は佐久間。10年前に殺された佐久間夫妻のお嬢さんです」
数秒の沈黙の後、赤木はわざと溜息をついて首を横に振った。
『初めて知りました。最近知り合った子なので、彼女にそんな過去があったなんて』
「本当にご存知なかったのでしょうか? あなたは彼女が“佐久間芽依”であると知っていましたよね?」
『そう思う根拠は?』
「根拠はありません。ですが、この時のお二人の様子は、つい最近知り合った知人とは思えません。まるで昔から知っている者同士で人に聞かれたくない話をするためにカラオケに入ったような……」
『すべてあなたの憶測ですね』
今度こそ彼は立ち上がり、ドアノブを掴んだ。
『お引き取りいただけますか?』
「わかりました。あの、最後にひとつだけ」
立ち上がった沙耶は自分よりもはるかに背の高い男を見上げた。二人の視線の糸が絡まる。
「芽依ちゃんと1週間一緒にいた人はあなたなの?」
暗く沈んだ瞳からは何の感情も感じられない。この男からは、動揺や狼狽の回路が抜け落ちているみたいだった。
『何を仰っているのかわかりませんね』
「……失礼します」
頭を下げて沙耶は応接室を出る。振り返らずに彼女はFireworksのオフィスを後にした。
彼女は持参したタブレット端末を起動させて画面を赤木に向ける。赤木はタブレットに表示されたものに視線を落とした。
「盗撮だと言われても仕方のない行為だと承知しています。こちらに写っている男性はあなたですよね?」
タブレット画面には三軒茶屋のカラオケ店の入り口に立つ男女の写真が表示されていた。左側に長身の男、右側に女がいる。
赤木の沈黙をイエスと捉えた沙耶は右側の女を指差した。
「隣にいるこの女の子とのご関係は?」
『話す必要がありますか?』
「差し支えなければ。女の子とカラオケに入ったくらいで責められることは何もありません。やましいことがないなら、お話できると思いますが」
赤木は微笑する。この状況でどうして笑える? 沙耶には赤木奏という男が読めない。
『知人ですよ』
「どの程度の親しさの知人でしょう?」
『一緒にカラオケに入る程度の親しさです』
「恋人という解釈でよろしいですか?」
『西崎さんは恋人以外の異性とカラオケに行かれた経験がないんですか?』
ああ言えばこう返される。なかなかに手強い。
「この女性は今は清宮芽依さんと名乗っていますが、知人なら清宮さんの前の苗字をご存知ですよね?」
『前の苗字と言われても……。彼女は大学生ですし、婚姻歴はないはずですよ。昔、ご両親が離婚されたとか?』
「いいえ、清宮は養子先の苗字です。彼女が養子に入る前の苗字は佐久間。10年前に殺された佐久間夫妻のお嬢さんです」
数秒の沈黙の後、赤木はわざと溜息をついて首を横に振った。
『初めて知りました。最近知り合った子なので、彼女にそんな過去があったなんて』
「本当にご存知なかったのでしょうか? あなたは彼女が“佐久間芽依”であると知っていましたよね?」
『そう思う根拠は?』
「根拠はありません。ですが、この時のお二人の様子は、つい最近知り合った知人とは思えません。まるで昔から知っている者同士で人に聞かれたくない話をするためにカラオケに入ったような……」
『すべてあなたの憶測ですね』
今度こそ彼は立ち上がり、ドアノブを掴んだ。
『お引き取りいただけますか?』
「わかりました。あの、最後にひとつだけ」
立ち上がった沙耶は自分よりもはるかに背の高い男を見上げた。二人の視線の糸が絡まる。
「芽依ちゃんと1週間一緒にいた人はあなたなの?」
暗く沈んだ瞳からは何の感情も感じられない。この男からは、動揺や狼狽の回路が抜け落ちているみたいだった。
『何を仰っているのかわかりませんね』
「……失礼します」
頭を下げて沙耶は応接室を出る。振り返らずに彼女はFireworksのオフィスを後にした。