男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
「世奈君がフルで入ってるんなら予定ない日全部シフト入れようかな」
「おっ、藻風くんようやくその気になってくれた?」
「ってもあと少しっすけどね」
「少しだって助かるよ。藻風くんいてくれたらさ、従業員も飛ばないと思うんだよね。ね、白井くん」

 私を巻き込まないでほしいんですけど。

「仕方ないっすね。これ、入れる日なんで、適当に組んじゃってください」

 店長は、満面の笑みを浮かべて藻風君からメモを受け取り、シフト更新するためにスタッフルームに消えていった。

「大丈夫なんですか?」
「まあ、世奈君辞めなさそうだし。世奈君一人にして辞めるのは毎日ここに出社するかもしれない身からすると申し訳ないしね」

 本当にいい人だ。みんなが藻風君なら世界は平和になるんだろうな。

「おい、客待たせて何くっちゃべってんだ」

 藻風君の表情が一気に凍りつく。振り向かなくてもわかる聞き馴染みのある低い声。

「申し訳ございませ。ホットコーヒーでよろしいでしょうか」

 藻風君の敬語が綺麗になった。明らかに漂う空気が変わった。ホットコーヒーはまだ残っているというのに、藻風君は全て捨てて新しく淹れ始めるようだ。

「おい。突っ立ってないで会計しろ」
「あ、はい」

 私は、レジに移動してブッラックカードを手に取る。めっちゃ見られている。めっちゃ見られてるぅ。しかもなんかピリついている。
 そういえば頼人さんこういう人だった。男の人が嫌いなのかな。

「もう仲良くなったのか?」
「え?」

 頼人さんは、一切視線を離さない。それがさらに恐怖を与えるとは思っていないのだろうか。
 空気を察したのか、藻風君がこちらに来た。

「あの、スタッフに至らぬところがありましたでしょうか」
「何故そう思う」
「粗相があったのであれば謝ります」
「ミスも粗相もしていないのに勝手に決めつけて謝ろうとするとは、先がやられるな。下手して会社に損害出させるなよ」

 あれだけ爽やかだった藻風君の顔色が紫色へと変化していく。

「大丈夫ですよ。藻風君は気が効くし、とても優しいし、仕事もできるので、御社に貢献すること間違いなしです」
「世奈君」
「せな・く・ん?」

 ますます青ざめていく藻風君に、鬼の形相で口角を上げる頼人。
 なんかまずかったか?

「お会計済みました。ありがとうございます。お飲み物、座ってお待ちください」

 とりあえず二人を離さないといけない気がした。
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