ヤンキー高校のアリス
※ ※ ※

 夏休みを経て、わたしとるいくんが正式にお付き合いすることになったので、登下校のお供はるいくんに固定になった。「勉強に彼女(おひい)借りてるから、帰りは足立に返す」と自分から言ったのは千住くんだ。
「ちゃんと守りなよ。泣かせたら奪いに行くかんね」
「もちろんだ、言われなくてもそうする」

 八王子くんにこのことがどう伝わったかは、わからない。わたし自身、最近八王子くんと目が遭わなくなったのを感じていた。前は必ずわたしを見ていた瞳が――憂うように伏せられていることが多いのは、気のせいじゃ無いと思う。

 クラスの出し物は慣例的に授業で学んだことの展示に決まったので、わたしは思いきり美術部の展示に力を入れることができた。



「ごめんね、遅くなって」
「いいよ、待つくらい」

 美術室の前で待ち合わせてるいくんと帰る。それがまだ、現実味がなくて、ふわふわして、そわそわしている。

「あら【狂犬】。有朱さんの彼氏になったのは本当みたいですね」
 つづけて顔を出すあずき先輩。聞くところによると、校門には【chess】の面々が控えているらしい。あずき先輩を家まで送るためだ。
「ッス」
 るいくんは短く返事をした。どういうわけか、ちょっとぎこちない。
「心配しなくとも、かわいい彼女を取って食べたりしませんよ。魔女じゃあるまいし」
 すこし傷ついたような顔であずき先輩が言う。千代田くんがぼそりとつぶやいた。
「まあ、ある意味熟練の魔女なのはたしかにそう……」
「そこ、何か言いました?」
「何も言ってません部長! 何も!」
「あはは。お先に失礼しますね」
 賑やかな二人をおいて、わたしたちは家路につくことにした。

 帰り道、神妙な顔でるいくんが言うことには、
「渋谷あずきっていえば、南中で一年間だけチツジョ体制を敷いた女帝だぞ」
「秩序体制って意味分かってる?」
「んー、なんか、……トップとして、良い感じに学校を治めた? っていう」

 そうは思えなかったけれど、あずき先輩ならあるいは……と考えてしまうから恐ろしい。あの人は底知れない。最初からフルに悪意を向けてきた麗華先輩とは違って。

「で、そのときの片腕が八王子縞だ」
「そうなの?」
「恋人だったこともあるらしい。噂だけどな」
 さほど驚かないけれど、水族館での事を思い出してわたしはちょっと落ち込む。落ち込む権利なんかないのに、落ち込む。

「……八王子のこと、どう思ってる」
「八王子くんのこと? ……八王子くんだな、以上には思ってないよ」

 ちょっと嘘をついた。気にはなっている。あれから「やけ」になっていやしないかと。実際荒れている噂が流れてきている。その原因が自分であることも分かっている。わたしが八王子くんの手を取らなかったから。
 八王子くんには、八王子くんの生きやすいように生きてほしい。そこに、わたしはいないけれど……。

「そうか。ならいいんだけどさ」
「わたしは、るいくんの彼女ですし」

 わたしは隣にいる彼の手をそっと握った。るいくんは少し驚いたようだったけれど、その手を握り返し、指と指をからめた。

「ありすはオレの彼女だからな」



 わたしが家に帰ってきて最初に玄関先に顔を出したのはお義父さんだった。
「ああ、お帰り有朱ちゃん」
「ただいま帰りました、お義父さん」
「あ、ありすの新しい、……ども、足立ルイスです――」
 そして顔をあげたるいくんは、ピシッと固まってしまった。
「あ、あれ? どうしたの?」

 人当たりの良い笑みを浮かべるお義父さん。対してるいくんは、信じられないものを見たような顔をして硬直したままだ。

「るいくん?」
「久しぶりだね、少年」
 お義父さんがにこやかにそう言うと、呪いから解放されたかのようにるいくんが叫んだ。
「ら、ら、【雷光】! 【雷光】だ! 十年分老けてるけど!」
「え、ええ!?」
「ああ、その響きすごく懐かしい」

お義父さんは否定しなかった。
ということは……この人が。

「お義父さんが……七歳のわたしを救ってくれたっていう……?」
「うん。……美智さんには内緒だよ」

【雷光】そのひとだったってこと?
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