〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 支払いを済ませた九条は、ひとまずコンビニのイートインスペースに少女を置いてコンビニを後にする。車内で待っているはずの美夜がコインパーキングの手前まで出て来ていた。

「あまりにも遅いから様子見に行こうと思ってた」
『悪い。出発待って』
「どうしたの?」
『万引き未遂。ちょっと話聞いてくる。お前の分はパスタだからな。豚ロースは食うなよ。いいか、豚ロースは絶対に食うなよっ!』

コンビニの袋を美夜に押し付けて彼は足早に店内に戻った。レジ横のイートインスペースでうつむく少女は、九条が購入したチョコレートの菓子箱を膝の上に乗せている。

 雑誌を立ち読みしていたサラリーマンはもういない。代わりに男子高校生のグループが雑誌売り場を占拠していた。

九条は男子高校生達から少女を隠すようにしてイートインスペースの椅子に腰を降ろす。彼には警察官としてやらなければならないことがあった。

『生徒手帳を見せてもらえるかな?』

 セミロングの髪を二つ結びにした利発そうな少女は、無言でカバンから取り出した生徒手帳を九条に差し出す。
黒革の手帳には赤い椿のマークと金色の文字で紅椿学院高校と刻まれていた。紅椿と言えば港区にある名門の私立女子高だ。

名前は大橋雪枝、学年は一年。どうりで先月まで中学生だったあどけなさが顔立ちに残っている。

『雪枝ちゃんか。家はこの辺?』
「ここから……自転車で10分くらいです」

 怯える声はか細くて頼りない。コンビニの表に赤色の自転車が停まっていたが、あれが雪枝の自転車だろう。

『俺が止めなかったら君は店の商品を盗んでいた。これは犯罪だ。わかるよね?』
「ごめんなさい……」

涙が滲む目元に宿る後悔と罪悪感は常習ではなく初犯の反応。優等生が魔が差して万引きをしてしまう事例はある。雪枝もその類いに思えた。

『そのチョコが食べたかったの?』
「なんでも良かったんです。真面目に生きても損するばかりで、悪いことをすればスカっとするかと思ったんです。……だけど悪いことってスカっとしませんね。悪いことをやる人の気持ちがわからない」
『悪いことをする人間の気持ちなんかわからなくていいんだよ。スカっとしなくて当たり前だ。君はまだ引き返せる』

 この世界は真面目な人間が損をする。大人の社会も子どもの社会も、ずる賢い人間が真面目な人間を利用して得をする。

九条はそんな理不尽な世の中を変えたくて警察官になった。
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