このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「わかりました。リベルト様、次は私がお相手役をやりますね」
 そう言うと、今度はナタリアが手を叩いて演技開始の合図を出した。
「ええっと……リベルト様、よかったら今度、ゆっくりお茶でもしませんか?」
 多少言い方を変えて、さっきナタリアがやったみたいにリベルトを誘ってみる。ぶりっ子演技を付け加えることは、フィリスには恥ずかしくてできなかった。
「構わない」
「……え? い、いいんですか?」
「ダメな理由がない」
 全然違う答えが返って来て、フィリスは呆気に取られてしまう。
「わ、わあい。嬉しいです。私、ずっと前からリベルト様のことが気になっていて……」
「そうか。俺も、君が気になってる」
「……」
「……? どうした?」
 その言葉を、フィリスはそっくりそのまま返したかった。
「あの、リベルト様、さっきと回答が全然違いますよ。これではうまくあしらう練習になりません」
「ああ……そういえばそういう練習だったか。それなら相手がフィリスだと困る。俺は君が相手なら断らない」
「練習ですから! 私ではない女性から誘われたと思ってください!」
「そう言われても、目の前にいるのはフィリスだからな。べつの女性とは思えない」
 自分を見つめるリベルトの眼差しがひどく優しい。まるで特別扱いされているみたいだ。演技でも断る素振りを見せないリベルトに、フィリスもなんと言えばいいかわからなくなる。
「私、お邪魔かしら?」
 黙って行く末を眺めていたナタリアが、死んだ魚のような目をしてふたりに言った。
「ご、ごめんなさいナタリアさん! もう一度きちんとやりますので!」
「その必要はないわフィリス。今ので答えは出たもの」
 ナタリアは最終確認をするように、リベルトに問いかける。
「リベルト副団長は、フィリス以外に誘いをオーケーするお相手はいらっしゃいますか?」
「いないな」
 悩む間もなくリベルトは即答した。
「でしたら今後、女性にしつこくされた場合はこの一言で返してください。〝気になっている人がいるから、君の気持には応えられない〟と。ほかに女性がいると知れば、一旦は引いてくれます。一途アピールにもなって、逆恨みでリベルト様の評価が落ちることもありません」
「……なるほど。合理的だ」
 リベルトはナタリアの言葉に静かに頷いた。その緩やかな動きは、まるですべてを理解し心で納得を得たかのようだった。
「万事解決ですね! じゃあ、私はこれで。……フィリス、スイーツの件忘れないでよ」
 やっと面倒ごとから解放されたというように、ナタリアはすっきりした顔で逃げるように部屋から出て行った。
「……はぁ。たいへんだな。コミュニケーションって」
 たった数分なのに、リベルトはどっと疲れた顔をしている。
 正直、ナタリアの言う万事解決が本当にそうなのかわからないが、これ以上続けてもリベルトのストレスを溜めるだけだろう。今日のコミュニケーション強化はこのくらいにしょうと思っていると、リベルトが口を開く。
「フィリスはどうやって男性をあしらうんだ?」
「私ですか? 私はそもそも声をかけられないので、あしらい方を覚える必要がないです」
「そんなことはない。この先社交場に出る機会が増えれば、きっと声をかけられる」
 魔法騎士団で働いていると、社交場に付きそう場面も出てくるのだろうか。今のところそういったことはないが、たしかに実家に住んでいた頃よりは、あらゆる男性と関わる機会は増えるだろう。なんせここは男ばかりの魔法騎士団だ。
「……私だったら、相手の気持ちを尊重しつつやんわり断ります。〝気持ちは嬉しいけれど、今は仕事に集中したい〟とか。実際、もし今誰かに誘われることがあれば、こうやって答えますね」
 リベルトほどではないが、フィリスも仕事にはやりがいを感じている。魔法騎士団で働くのはたいへんではあるが、それ以上にやりがいがあった。なによりリベルトの世話をしていると毎日が刺激的で退屈しない。
(給料も高いし、これ以上に頑張りたいことなんてないわ!)
 ほかのことをする暇があれば仕事をしたい。リベルトのそんな気持ちが、今なら少しわかる。もちろん、食事や睡眠を抜いて気絶するまでやろうとは思わないが。
「仕事人間のリベルト様も、この回答は使えるんじゃないですか? さっきナタリアさんが言ったのより、こっちのほうがいいかもしれません!」
 自分の立場になって考えると、言い答えにたどり着けた。リベルトにも勧めてみるが、あまり反応はよくない。
「いいや。さっき教わった回答のほうが、俺にとって嘘がない」
(……気持ちは嬉しい、の部分が引っかかるってことかしら? リベルト様、細かいことを気にするなぁ)
 きっとリベルトは、嘘をつくのが嫌なのかもしれない。たとえそれがどんなに適当で小さなものであっても、嘘をつくという行為に意味を見出せないのだろうか。
「それと……フィリスの答えで気になるところがあった」
「なんですか?」
 変なところあったっけ。フィリスはそう思いながら、なにを言われるのかと身構えた。
「仕事に集中したいというのは、俺の世話係に集中したいということだよな?」
「えっ……。まぁ、言葉そのまんまで見ると、そういった意味合いになりますね」
「じゃあ、フィリスは俺に集中したいってことか」
 そう言われると、なんだか意味合いが変わってくるような気もする。しかし、果たしてそれが間違っているのかと問われれば悩ましい。
フィリスの仕事はリベルトの世話係をすることで、彼への理解度を深め、ダメな箇所は更生していく。即ちそれはリベルトという人間と向き合うことに集中しているといえる。
「はい。私はリベルト様を見るので精いっぱいなので、ほかの方と遊んでいる暇はありません」
 リベルトの意見を肯定すると、疲れていた表情が明るくなったような気がする。
< 31 / 52 >

この作品をシェア

pagetop