このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「……いえ。純粋に、もったいないと思ったんです」
「もったいない?」
「さっきの方、みなさんとてもお綺麗でしたよね。お話したほうがよかったのではないですか?」
フィリスはそっと、握られていた手を離す。リベルトは手のひらから伝わっていた体温が儚く消えていくのを感じた。
「私が一緒にいてと言ったのを気遣ってくれているなら、大丈夫ですよ。ほら、あちらにいる方もずっとリベルト様を気にかけています。同性の私から見ても、物凄く美しい女性ではないですか」
「フィリス、君はなにを」
「ここにいる女性は、私よりもリベルト様にお似合いの方ばかりですね。この慰安会を機に、いろんな女性を見られたほうがよいのでは? 必ずいい出会いがあるかと――」
「フィリス、黙ってくれ。聞きたくない」
わけのわかない言葉をひたすら並べるフィリスを、リベルトは声を被せて無理矢理にでも制止した。
会場には音楽が流れ出し、知らぬ間にダンスタイムが始まっている。さらなる盛り上がりを見せる会場の一角で、ここだけ不穏な空気が漂っていた。
「俺がほかの女性とお似合いだとか、君にだけはそんなこと言われたくない」
あのまま続けられていたら、その口を塞いでいたかもしれない。
「フィリス、俺は君が好きだと言っている」
ほかの女性など興味もなければ眼中にもない。
好きな人からべつの女性を薦められては、この気持ちをどうすればよいのか。どんな意図であれ、フィリスの言葉に少しでも傷ついていないといえば嘘になる。
(それでもフィリスにつけられた傷ならば耐えられる。許してしまう。好きという感情はこれほどまでに己を盲目的にさせるのか)
我ながら情けない。今だって、リベルトは不安でたまらなかった。
「俺の気持ちが、君にとって迷惑なのだろうか」
「……そういう、わけでは」
「だとしても止められないんだ。俺はフィリス以外の女性を見る気はない。君に俺が似合わないと言うなら、似合う男になるよう努力する」
「違います。そうじゃないです。問題があるのは私で、リベルト様が私に対して努力する必要なんて、どこにもないんです」
焦った様子で、フィリスがリベルトの言い分を否定した。困ったように頭を左右に傾げる彼女自身もまた、不安げな面持ちをしている。
(フィリスが俺の気持ちを本気で迷惑だと思っているなら、はっきりと断ってくるはずだ)
人の気持ちを宙ぶらりんにしたまま泳がせるようなことを、フィリスが好んでするとは思えない。
フィリスが告白の返事を出さないのは、現段階で同じだけの好意を返せるほどリベルトを好きでなくとも、そうなる可能性がまだ残っているということ……だと思う。
この読みが外れていないならば、どういった意図でこういった発言をしてくるのかがわからない。リベルトからしてみると、フィリスに問題などひとつもないのに、彼女はそれをあると言う。それならその問題を提示してくれさえすれば、一緒に解決に導いてあげられるのに。
「あ、いたいた! フィリス!」
黙って向き合ったままのふたりの耳に、元気な声が飛び込んでくる。
優雅な音楽が響く全体の空間にも、不穏なムードを纏う一角の空間にも、どちらにも似合わない弾んだ声。その主はナタリアだった。
彼女もまた、三つ編みにしかしていない髪をアップヘアーにまとめ、緑色の大人っぽいマーメイドドレスを身に纏っている。
(そういえば、フィリスと同じ馬車から降りてきたうちのひとりにこんな格好をした女性がいたな。……彼女だったのか)
ばっちりと化粧をしているせいか気付かなかった。まじまじと見ると面影が残っている。そのとき、リベルトはどれだけ自分がフィリスにしか注目していなかったのかを再認識した。
「リベルト副団長もお疲れ様です。……ねぇ、フィリス。今って時間あるかしら?」
「……リベルト様、ナタリアさんとお話してきてもよいですか?」
その問いかけをしてくるということは、フィリスは自分よりナタリアといたいのだろうとリベルトは悟った。せっかく楽しみにしていた慰安会なのに、心地の良い空気を作ってあげられなかったことを猛省し、リベルトは下唇を噛んで静かに頷く。
(ひとまず、俺も冷静になろう。その代わり……)
少し時間を置いて、不安と焦りを僅かでも落ち着かせられたその後は。
「後でまた、ふたりの時間をもらえるか?」
今日のフィリスは仕事関係なしにここにいるため、リベルトの世話係ではない。申し出を断ることも選択肢としてはある。
「……はい。わかりました」
それでも聞き入れてくれたことに、おもわず安堵の笑みが浮かんだ。
フィリスはナタリアと肩を並べて人混みの渦へ飛び込んでいく。それでもリベルトは、フィリスを見失うことなく目で追い続けた。これだけの人がいる中でも、フィリスだけは輝いて見える。まるでそういったフィルターがかかっているかのようだ。
(……俺の一方通行なのかもしれない)
遠のく背中を見ていると、心の距離までも離れていく気がした。珍しく感傷的になりつつあると、ふとフィリスがこちらを向いた。
あらゆる人たちを間に挟んで、フィリスと目が合った瞬間は、まるで時が止まったように呼吸を忘れてしまった。
(まずい。好きすぎる。目なんて何度も合わせているのに、胸の奥がどうしようもなく熱い)
熱が広がり、心の高鳴りへ変わっていく。いつまでもこの一瞬の中に閉じこもっていたい。
「リベルト様~~~~っ!」
そう思っていると、リベルトは急に四方八方からどんっと衝撃を感じた。
フィリスが離れていったタイミングで、虎視眈々とリベルトと接触する機会を狙っていた令嬢たちが一気に押し寄せてきたのだ。おかげでフィリスの姿を見失ってしまった。
「お、おい……離れてくれ……」
次から次へと、魔物の大群のように集まってくる。この煩わしさは、剣を持っていたらおもわず抜いていただろう。
「失礼。皆さん落ち着いてください。緊急で仕事の話がしたいので、リベルトをお借りしてよろしいですか?」
どう切り抜けようか思考を巡らせていると、エルマーが助け船を出しにきてくれた。令嬢たちの群れを力業でかき分け、笑顔と丁寧語で威圧する。
「エルマー様がそう仰るなら……ねぇ?」
「そうですね。また後にしましょう」
立場あるエルマーに言われてしまえば、令嬢たちも聞き入れるしかない。それに、エルマーもまた女性人気の高い人物だ。好感度を落としたくはないだろう。やや不満そうな表情を浮かべつつも、その場は引き下がってくれた。
「もったいない?」
「さっきの方、みなさんとてもお綺麗でしたよね。お話したほうがよかったのではないですか?」
フィリスはそっと、握られていた手を離す。リベルトは手のひらから伝わっていた体温が儚く消えていくのを感じた。
「私が一緒にいてと言ったのを気遣ってくれているなら、大丈夫ですよ。ほら、あちらにいる方もずっとリベルト様を気にかけています。同性の私から見ても、物凄く美しい女性ではないですか」
「フィリス、君はなにを」
「ここにいる女性は、私よりもリベルト様にお似合いの方ばかりですね。この慰安会を機に、いろんな女性を見られたほうがよいのでは? 必ずいい出会いがあるかと――」
「フィリス、黙ってくれ。聞きたくない」
わけのわかない言葉をひたすら並べるフィリスを、リベルトは声を被せて無理矢理にでも制止した。
会場には音楽が流れ出し、知らぬ間にダンスタイムが始まっている。さらなる盛り上がりを見せる会場の一角で、ここだけ不穏な空気が漂っていた。
「俺がほかの女性とお似合いだとか、君にだけはそんなこと言われたくない」
あのまま続けられていたら、その口を塞いでいたかもしれない。
「フィリス、俺は君が好きだと言っている」
ほかの女性など興味もなければ眼中にもない。
好きな人からべつの女性を薦められては、この気持ちをどうすればよいのか。どんな意図であれ、フィリスの言葉に少しでも傷ついていないといえば嘘になる。
(それでもフィリスにつけられた傷ならば耐えられる。許してしまう。好きという感情はこれほどまでに己を盲目的にさせるのか)
我ながら情けない。今だって、リベルトは不安でたまらなかった。
「俺の気持ちが、君にとって迷惑なのだろうか」
「……そういう、わけでは」
「だとしても止められないんだ。俺はフィリス以外の女性を見る気はない。君に俺が似合わないと言うなら、似合う男になるよう努力する」
「違います。そうじゃないです。問題があるのは私で、リベルト様が私に対して努力する必要なんて、どこにもないんです」
焦った様子で、フィリスがリベルトの言い分を否定した。困ったように頭を左右に傾げる彼女自身もまた、不安げな面持ちをしている。
(フィリスが俺の気持ちを本気で迷惑だと思っているなら、はっきりと断ってくるはずだ)
人の気持ちを宙ぶらりんにしたまま泳がせるようなことを、フィリスが好んでするとは思えない。
フィリスが告白の返事を出さないのは、現段階で同じだけの好意を返せるほどリベルトを好きでなくとも、そうなる可能性がまだ残っているということ……だと思う。
この読みが外れていないならば、どういった意図でこういった発言をしてくるのかがわからない。リベルトからしてみると、フィリスに問題などひとつもないのに、彼女はそれをあると言う。それならその問題を提示してくれさえすれば、一緒に解決に導いてあげられるのに。
「あ、いたいた! フィリス!」
黙って向き合ったままのふたりの耳に、元気な声が飛び込んでくる。
優雅な音楽が響く全体の空間にも、不穏なムードを纏う一角の空間にも、どちらにも似合わない弾んだ声。その主はナタリアだった。
彼女もまた、三つ編みにしかしていない髪をアップヘアーにまとめ、緑色の大人っぽいマーメイドドレスを身に纏っている。
(そういえば、フィリスと同じ馬車から降りてきたうちのひとりにこんな格好をした女性がいたな。……彼女だったのか)
ばっちりと化粧をしているせいか気付かなかった。まじまじと見ると面影が残っている。そのとき、リベルトはどれだけ自分がフィリスにしか注目していなかったのかを再認識した。
「リベルト副団長もお疲れ様です。……ねぇ、フィリス。今って時間あるかしら?」
「……リベルト様、ナタリアさんとお話してきてもよいですか?」
その問いかけをしてくるということは、フィリスは自分よりナタリアといたいのだろうとリベルトは悟った。せっかく楽しみにしていた慰安会なのに、心地の良い空気を作ってあげられなかったことを猛省し、リベルトは下唇を噛んで静かに頷く。
(ひとまず、俺も冷静になろう。その代わり……)
少し時間を置いて、不安と焦りを僅かでも落ち着かせられたその後は。
「後でまた、ふたりの時間をもらえるか?」
今日のフィリスは仕事関係なしにここにいるため、リベルトの世話係ではない。申し出を断ることも選択肢としてはある。
「……はい。わかりました」
それでも聞き入れてくれたことに、おもわず安堵の笑みが浮かんだ。
フィリスはナタリアと肩を並べて人混みの渦へ飛び込んでいく。それでもリベルトは、フィリスを見失うことなく目で追い続けた。これだけの人がいる中でも、フィリスだけは輝いて見える。まるでそういったフィルターがかかっているかのようだ。
(……俺の一方通行なのかもしれない)
遠のく背中を見ていると、心の距離までも離れていく気がした。珍しく感傷的になりつつあると、ふとフィリスがこちらを向いた。
あらゆる人たちを間に挟んで、フィリスと目が合った瞬間は、まるで時が止まったように呼吸を忘れてしまった。
(まずい。好きすぎる。目なんて何度も合わせているのに、胸の奥がどうしようもなく熱い)
熱が広がり、心の高鳴りへ変わっていく。いつまでもこの一瞬の中に閉じこもっていたい。
「リベルト様~~~~っ!」
そう思っていると、リベルトは急に四方八方からどんっと衝撃を感じた。
フィリスが離れていったタイミングで、虎視眈々とリベルトと接触する機会を狙っていた令嬢たちが一気に押し寄せてきたのだ。おかげでフィリスの姿を見失ってしまった。
「お、おい……離れてくれ……」
次から次へと、魔物の大群のように集まってくる。この煩わしさは、剣を持っていたらおもわず抜いていただろう。
「失礼。皆さん落ち着いてください。緊急で仕事の話がしたいので、リベルトをお借りしてよろしいですか?」
どう切り抜けようか思考を巡らせていると、エルマーが助け船を出しにきてくれた。令嬢たちの群れを力業でかき分け、笑顔と丁寧語で威圧する。
「エルマー様がそう仰るなら……ねぇ?」
「そうですね。また後にしましょう」
立場あるエルマーに言われてしまえば、令嬢たちも聞き入れるしかない。それに、エルマーもまた女性人気の高い人物だ。好感度を落としたくはないだろう。やや不満そうな表情を浮かべつつも、その場は引き下がってくれた。