このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「……エルマー。助かった」
「いつもならあそこまで集まる前に〝邪魔〟の一言で一蹴していたではありませんか。どうしたのですか」
「完全にフィリスに気を取られて油断していた」
 エルマーはふたつ持っていたグラスのうちのひとつをリベルトに渡し、リベルトもそれを受け取ると同時に返事をした。リベルトは酒をほとんど飲まない。それを知っているからか、中身はただのフルーツジュースだった。
「そんなことと思いました。少し前からあなたたちを観察していたのですが、どうもぎくしゃくしていましたからね。フィリスさんがその場にいなくなったら、捨てられた子犬のような顔をして。まったく見ていられませんでしたよ」
「だから助けに来てくれたのか?」
 ジュースの入ったグラスを持って来ている時点で、偶然通りかかったなんて言い訳は通用しない。エルマーもそれをわかっているため、ふんと鼻を鳴らしてリベルトの隣に立った。否定しないのが彼なりの返事のようだ。
 昇格のタイミングが同じだったからか、エルマーとリベルトは戦友みたいな関係だ。そのぶん誰よりもリベルトに振り回された立場だが、こうやって気にかけてくれるところを見ると、なんだかんだ彼も世話焼きな部分があるのだろう。
「それで、なぜフィリスさんと微妙な空気になっているんです? あんなに仲睦まじかったというのに」
「……俺が気持ちを伝えたことで、フィリスを困らせているのかもしれない」
「気持ちを伝えた? 告白でもしたんですか?」
 からかうような口ぶりでエルマーが聞くと、リベルトは大真面目な顔をして答える。
「ああ。魔物襲撃の件で気持ちに気付き、その場で好きだと伝えた」
「……リベルトがですか?」
「俺以外に誰がいる」
 エルマーは見てはいけないものを見たような、ぞっとした表情を見せて目を思い切り見開く。
「あ、あなたって、恋愛感情があるんですね。驚きです。そんな普通の人間みたいな感情を持ち合わせているとは……」
「俺だって一生ないと思っていた。でも……フィリスみたいな素敵な人が現れるなんて、思ってなかったんだ」
 長い睫毛を伏せ、せつなげにつぶやくリベルトを見て、エルマーは本気を感じ取ったのか、さらに白目の部分を大きくしてぎょっとしている。
「もうそんなに焦がれているとは知りませんでした。てっきり、好きを多少自覚した程度かと……で、フィリスさんからはなんと答えを?」
 恋の話なんて一ミリも興味がなさそうなエルマーが、案外前のめりに問いただしてくるのにリベルトは意外性を感じた。
「答えはもらっていない。俺もすぐに求めているわけではないんだ。……ただ」
 ――最近態度がよそよそしくなったと思ったら、あろうことかほかの令嬢を薦められた。
 ふたりをぎくしゃくさせた原因をありのまま伝えると、リベルトはやるせないため息をつく。
「でも、慰安会は一緒に参加してほしいと言ったのはフィリスだ。……正直、俺もよくわからない」
 いくらひとりで考えたところで、人の感情の正解を知ることはできない。物事を追及し、自分なりのベストを探る。生態を理解し、弱点を把握する……そういった資料まとめを繰り返してきたリベルトにとって、他人の感情はややこしく、もどかしい。
「なにを言ってるんです。そんなの、答えはただひとつですよ」
「!? エルマー、わかるのか……?」
「はい。簡単です」
(さすが指揮官。冷静な状況判断能力に長けている)
 答えを教えてくれといわんばかりに、リベルトは期待を込めた眼差しをエルマーに送る。
「フィリスさんは駆け引きをしているんですよ。恋愛っていうのは、駆け引きが重要と言われています」
「駆け引き?」
 興味の湧いたものには一途に、一直線に突き進むリベルトからすれば、恋の駆け引きなんてのは遥か遠い場所にあるものといえる。
「ほかの女性を薦めたのはわざとですよ。わざとふっかけて、相手の気持ちを確認しようとしているんです。どれだけ自分を愛しているかを試しているんですよ。女性っていう生き物は、そういう面倒くさい行動を好むんです」
 我々には理解できませんが、と付け加え、呆れた顔でエルマーはやれやれと肩をすくめた。
「なるほど。では俺は、俺にはフィリスしかいないと証明すればいいんだな? この一週間で伝えられたと思っていたんだが、足りなかったなら俺が悪い」
「リベルト……あなって、思ったより肉食系なんですね」
「俺は団長みたいに肉を好んで食べないが」
「そういう意味ではありません。好きな人には積極的なんですね、と言いたかったのです」
 フィリスにも最近、同じことを言われたのを思い出す。
「押してダメなら引いてみる、もいいかもしれませんよ」
「引くというのは?」
「相手にあんまり好意を見せないようにするんです。好き好き言ってきた相手が急に冷たくなると、あれ? って思うでしょう」
 エルマーが恋愛指南書がなにかに思えてきた。なぜここまで詳しいか気になるが、今はそっちに気を取られている場合ではない。
「馬鹿げた作戦だ。フィリスに冷たくなんてできない」
「あなた、初期の自分に同じことが言えますか?」
「……比べるものではない。あの頃の俺は今とは違う」
 仕事以外にはなにひとつ興味がなかった。食も、睡眠も、休息も、人と接することもすべて。
 フィリスにだって興味がなかった。目を向けようともしなかった。でも、フィリスはリベルトが自分のほうを向くまで、言葉を聞いてくれるまで諦めなかった。
「でも、実際にそっけない態度を取って困らせたのは事実でしょう。それなのに好きになったとたん、相手に求めるものが多すぎるのではないですか? 過去の自分をなかったことにするのは、むしがよすぎるでしょう」
 わざと冷たくしたわけではない。リベルトにとって、当時は誰かと会話するにはあの態度が普通だった。
「それは……そうだと思う。だが、あの頃優しくできなかったぶんまで、これからは優しくしてあげたいんだ。身勝手なエゴだとわかっている。だから妙な駆け引きで冷たくするなんてことはしたくない」
「そうですか。では目一杯優しくしてあげてください。そして、自分の好きを押し付け過ぎずに、ゆっくり彼女の答えを待ってあげるんです。多少面倒な駆け引きをされるのは、過去の戒めと思って耐えるしかないですね」
 はなからエルマーに優しい言葉をもらえるなんて思っていなかったが、想像よりもずっと手厳しい。しかし、変に慰められるよりも全然よかった。
「……ん? リベルト、あれを見てください」
 なにかを見つけたように、エルマーが会場の真ん中あたりを指さす。
 そこにはフィリスと――金髪の知らない男が向かい合っていた。
(ナタリアと一緒だったんじゃないのか? というか、あの男は誰なんだ)
 魔法騎士団の人間ではない。そうなると騎士団、魔法団――それか、来賓の貴族令息か。とにかく、知らない男とフィリスが会話をしている。
 その光景を見ていると、冷たい手が心臓を掴んで締め付けるような苦痛が襲った。目に見えぬ黒い感情が、心を渦巻き支配していく。リベルトの目の奥に、暗い影が差し込んだ。
「……気分が悪い。心の奥のなにかが、じわじわと壊れていくようだ」
 言いようのない不安と焦り、そして怒り。負の感情だけが、思考までもを巻き込んでリベルトを追い込んでいく。
「……はぁ。リベルト。その感情は世間でなんというか知っていますか? 嫉妬、と言うのですよ」
「嫉妬……」
「はい。あなたはいつもされる側なので、する側になるのは初めてかもしれませんね。フィリスさんの興味や関心がべつの男性へ向けられていることに、あなたは焦り、不安を感じているのです」
 フィリスと出会って、また新しい感情を教えられてしまった。
 しかし、これはネガティブな感情だ。できることなら、あまり味わいたくない苦しみでもある。
(……もしかして、ジェーノがフィリスを抱きしめていたときにも、俺は嫉妬していたのかもしれない)
 あのときは、考えるよりも先に身体が動いた。そして、ジェーノからフィリスを離すことで心が自然と落ち着いたのだ。
(そうか。だったら今回もそうすればいい)
 解決方法を知っているなら怖くない。たとえ相手が誰であろうと、このまま黙って醜い嫉妬心を育てるつもりなど毛頭なかった。
「エルマー。いろいろと助かった。ただ、これだけは言っておく」
 流れるような仕草で、ひとくちも口をつけていないグラスをエルマーに渡すと、リベルトは歩き出す・
「やはり俺は、嫉妬をする側になるのは性に合わない」
 仕事と同じで、気になれば我慢ができず、すぐに行動に移してしまう。
「……まったく、副団長らしいかっこいいお言葉だ。僕も言ってみたいものです」
 そんなリベルトの背中を見送りながら、エルマーは自然と口角を上げ、左手に増えたグラスの中身を一気に飲み干した。

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