棋士推しのあの子

4.プロポーズと結婚

「メッセージを打つだけなら気分転換になるし。精神的にまいって誰とも話したくない時は声をかけないでくれるしさ。いいお嫁さんになりそうだよね、棋士のさ」

 彼女が目をまんまるにしたので、失言だったかなと。セクハラだったらごめんと謝ろうとして、彼女が勢いよく口を開いた。
 
「角谷くんのお嫁さんにしてくれるの?」

 ――え?

 いきなり汗が吹き出して呼吸すら忘れる。
 早く答えないと焦って、僕は気づいたら立ち上がって――、

「ぼ、僕と、結婚してください!」

 プロポーズしていた。

 時が固まった瞬間だった。
 彼女が照れたように「はい」と言いながら笑ってくれて、僕はやってしまったと涙目になりながら座った。この時の彼女の顔は、きっと死ぬまで忘れない。

 大学卒業までは待っててねと言う彼女と手を繋いで帰った。帰り道では、くふふっと笑みをこぼしながら「角谷先生からのプロポーズの言葉はなんでしたかって聞かれたら、高校三年生の時にって答えちゃおうかな」なんて言って、僕の腕をパンパン叩いて、全身で喜んでくれていた。

 それから迎えた卒業式。
 
 皆に僕たちのことをカミングアウトして大騒ぎだった。

「学校一のアイドルをものにしたんだ。タイトルとれよ!」
「目指すは全冠制覇だろ!」
「写真撮ろうぜ! 未来のタイトルホルダー!」

 地獄と天国が同居していたあの青春の日々は今でも鮮やかに思い出せる。

 まだ夢の途上。タイトルの道は険しく、ほとんどの棋士は挑戦することすら叶わない。けれど、夢を夢で終わらせはしない。いつだって、頑張ろうと僕を前へ向かせてくれるのは――。 

「ただいま」
「おかえり! 中継見てたよ。勝利おめでとう!」

 彼女なんだ。

 卒業式の写真も飾ってあるその玄関で、角谷香になった大好きな妻が今日も出迎えてくれる。
 

【完】
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