甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

5-9 聖女は数をかぞえてもらう

 
 色気をまとったノワルに頭がくらくらして、頭がうまく働かない。
 きしんだソファの音、それにノワルの甘さを感じる瞳に見下ろされると顔から湯気がでるくらいに熱くて恥ずかしい。
 なにかを話さなくちゃと思っても、えさを求める鯉のようにぱくぱくと口が動くだけのまぬけな私の姿を見て、なぜだかノワルの瞳がもっと甘やかに細まっていった。

「ああ、もう……。本当にかわいいね」

 ノワルの低い声が耳に心地よくて、もうだめだった。
 どきどきは最高潮に達していて、なにも考えられなくて、まな板の鯉になったつもりで、きゅっと目をつむった。

「あー! ノワルにいにだけずるいなのー!」

 ラピスの大きな声が聞こえて、ノワルが「残念だね」小さな声でつぶやいた。
 その隙に真っ赤な顔の私は強風が吹いた鯉のぼりのようにノワルの両腕から勢いよく抜け出した。
 ソファの端っこに座ると火照っている頬の熱をさますように両手で覆った。
 どきどきが止まらなくて心臓が痛いくらい。

「ラピス、ちゃんと温まってきた?」
「ぱっちりなのー」
「ちゃんと髪の毛は乾かさないと風邪ひくよ」

 ノワルがぱちんと指をならすとラピスの湿っていた髪が()()()さらりと乾いた。

「ありがとうなのー」
「どういたしまして。ロズはどうしたの?」
「田んぼがすごいから先にもどっててーっていわれたのー」
「そうなんだ。じゃあラピスに花恋様をお願いして俺も行ったほうがいいね」
「そうなのー! まかせてなのー!」
「うん、ラピスは目をつむって十まで数えられる?」
「ぱっちりなのー」

 ラピスがソファの前に立つと両手で目を覆う。

「かぞえていいなのー?」
「ラピス、少しだけ待っててくれる?」
「いいよーなのー」

 端っこに座っていたのに、いつの間にかノワルの体温を感じるくらい近くまできていた。

「花恋様、さっきのつづきしてもいいかな?」

 親指が頬をなぞり、びくっと肩を揺らすとノワルが少しだけ困ったように微笑んだ。

「――だめかな?」

 ゆっくり体を抱き寄せられ、ノワルの温もりに包まれる。ぎりぎりまで唇を耳によせて名前をささやかれると顔に熱が集まっていく。
 どきどきする頭はやっぱりうまく動かなくて、ただノワルの眉をよせた顔を見たくないと思ってしまう。

「だ、だめじゃないよ……」

 かすれた声でつぶやくとノワルの腕に力がこもって、ぎゅっと抱きしめられる。ちゅ、と軽く唇が耳たぶに触れて背中にぞくぞくしたものが走った。

「まだなのー?」
「ラピス、もういいよ。ゆっくり十まで数えてね」
「わかったなのー」

 頬に手が添えられ、ノワルの黒い瞳に見つめられるとどきどき胸が高鳴っていく。
 ノワルが甘く目を細めたのを合図にゆっくりまぶたをとじた。

「いーちなのー」

 いつものように優しい触れるようなキスが落とされる。優しいどきどきに、ほわりと胸があたたかくなる。

「にーいなのー」

 ほんの少し唇が離れると角度を変えて、ついばむように唇がまた触れあう。

「さーんなのー」

 たわむれるような唇が離れたらラピスの声が聞こえて、数え方がかわいくてふふっと声がもれる。

「花恋様、余裕だね」
「えっ?」

 ノワルの声に目をひらくと、ノワルの目元がゆるんで愛おしそうに見つめられ、かあ、と身体が熱くなった。

「よーんなのー」

 頬から耳たぶをなぞるようにするりと手が入ってきて、手の熱さにふるりと震えるとノワルのくすりと笑う気配にまた胸がふるえた。

「ごーおなのー」

 もう一度ノワルの唇に唇を重ねられる。ゆっくり重ねられた唇から体温が溶けあうみたいな触れ合う。

「ろーくなのー」

 角度を変えて触れ合う唇は、お互いの体温を感じるように押し付けられるキスに変わっていく。

「なーななのー」

 いつまでも離れたがらない二人の唇に息苦しさを感じてきて、酸素を求めるようにうすく唇がひらいてしまう。

「はーちなのー」

「――っ!」

 酸素のかわりに入ってきたあたたかさに驚いて固まってしまう。

「きゅーうなのー」

 口の中のとろりとあたたかな感触の正体に気づくと身体が沸騰しそうに熱くなっていく。

「じゅーうなのー」

 真っ赤に染まった耳にラピスの終わりを告げる声が聞こえてきたので、あわててノワルの胸をぐっと押した。こ、こんなキスはいけないと思う――!

「おまけのおまけの鯉のぼりー」
「――っ?」

 十まで数えるはずだったのに、まさかのおまけがあるなんて――!
 驚いて力が抜けた途端に、甘くてあたたかなノワルの舌に自分の舌をからめとられてしまう。

「みんなでみんなでー」
「んん――っ!」

 今度はうなじのあたりに手が添えられて、さらに引き寄せられる。ぐいっと押していたはずの手もからめるように繋がれるとふれあう甘さにくらくらしてしまう。

「とうりゅうもんをのぼりましょー」

 あっという間になにも考えることができなくて、ただノワルからのとろけるようなキスに身をまかせてしまう。
 ラピスの声も聞こえなくなって、ノワルのことしか考えられなくなっていると、ふいに、ちゅ、と音をたてる口づけを落とすとノワルが離れていった。
 途端に甘い熱のなくなった唇がとても寂しくて、せつなくて胸がきゅうきゅう音をたてる。

「花恋様、かわいいね」

 くたりと力が抜けてしまいノワルに腕をまわして体温を感じるようにぴったりよりかかっていると、髪をさらりとなでられる。

「ラピス、花恋様のこと頼むね」
「うん、まかせてなのー」

 ラピスに声をかけて私から離れようとするノワルの洋服の裾をついっとつまんだ。行っちゃいやだとノワルを見つめる。

「花恋様、もう一回する?」
「……うん」
「ああ、もう……。本当にかわいいね」

 こくんとうなずいた私のせつない唇に、もう一度ノワルの甘い口づけが落ちてきて、とろけるようなキスに飲み込まれていった――。
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