甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

6-7 聖女とおやすみのキス

 
 あれから部屋まで見送ってくれたノワルに「ありがとう」と言うと、ノワルの胸に引きよせられた。
 まるで自分が宝物になったと錯覚してしまうくらい優しく頭をなでられて、心がとろりと甘えていく。

「花恋様、俺もいってきますのキスをしてもいいかな?」

 ノワルの問いかけに、こくんとうなずくと大きな手のひらが頬を包むように撫でてくれる。そのやわらかな手つきに胸がきゅうと締めつけられる。

「花恋様、かわいい」

 嬉しそうにつぶやくノワルの声にも甘さがとけていて、黒い瞳にうながされるように瞳をとじる。
 そっと唇をあわせたあと、すぐに離れてしまうのが寂しくてノワルの手の甲に自分の手のひらを重ねた。

「ああ、本当にかわいいね……」

 甘い匂いがあたりにただよっている。ノワルの顔が再び近づいてやわらかな感触を受け入れれば、全てをゆだねても包み込んでくれるみたいな甘やかな心地よさに身体をあずける。

「花恋様」

 いつもより少しだけ掠れた声で呼ばれる。
 はあ、と息のあがったほてった顔とふにゃりとした意識をノワルに向けると、おだやかなまなざしに見つめられていて。

「いってきます」
「うん、気をつけてね……」

 一度甘い吐息もらしたノワルの手に優しく頬をなでられ、ぬくもりが広がった。

「花恋様、おやすみ」

 最後にそっと唇に触れると、ノワルは満足そうに微笑んだ。
 二匹の黒い龍と赤い龍が音もなく飛び立ち、見えなくなるまで目を凝らして見守ったあとも、しばらく窓の外を眺めていた。

 私がソファでうつらうつらまどろみはじめた頃、光りかがやく二匹の龍がカルパ王国の城に降り立っていたなんて夢にも思っていなかった――。



 ◇ ◇ ◇



「花恋様、そろそろ起きようか?」
「ん、んう……」

 優しくゆらゆら静かにゆすられるけれど、昨日遅くまで起きていたからもう少し眠っていたくて身体を丸める。

「もう、ちょっと……だけ」

 髪をさらさらとなでた手のひらがあやすように背中を伝う。
 ん、と声が漏れると、くすくす笑う声が聞こえる。

「花恋様が朝ごはんを食べるのと俺が食べるの――どっちがいいかな?」
「…………ふえ?」

 ぎしり、とベッドのきしむ音が聞こえたと思ったらノワルの両腕が顔の横にあって、吸い寄せられるような黒い瞳に見下ろされている状況を把握できずに間の抜けた声がこぼれた。

「花恋様、かわいい」
「……ひゃ?」

 眠気に勝てないまぶたが再びおりると、ちゅ、ちゅ、と小鳥のさえずりのような音が顔中に落ちてくる。
 朝のさわやかな音の正体が甘いまなざしで近づいてくるノワルだと寝ぼけた頭が理解した途端に心臓がきゅう、と跳ねた。

「ノワル、おかえりなさい」

 嬉しくて目の前のノワルの首にぎゅっと腕をまわす。
 ノワルの息を呑む声が聞こえたけれど、ぽかぽかしたひだまりの匂いとやわらかな体温が心地よくて「おかえり」と「よかった」を繰り返し口にしてしまう。

「ああ、本当にかわいいね……」

 なぜか感激したような声をもらしたノワルにきつく抱きしめられる。
 大きな胸板、力強いたくましい腕は、私のものとは全然ちがっていて、ようやくここがいつの間にか連れてきてもらったベッドの上で、さらにノワルと抱き合っていることを自覚した。
 心臓がとくとくと早鐘を打っていき、耳まで痛いくらい熱くなった私は身体をノワルから離そうとしても、逆に力強く抱きしめられて動揺してしまう。

「花恋様、俺が食べていいよね?」

 予想もしていなかった言葉にびっくりしてしまった。

「だ、だめっ! 朝ごはん、私も食べるよ……っ」

 そういえば朝ごはんを食べる話をされていたのを思い出し、あわてて食べる意思を伝えたらノワルのくつくつと笑う声がした。
 ノワルが手を添えてゆっくり身体を起こしてくれる。

「残念だけど、また今度でいいよ」
「ん?」
「ううん、なんでもないよ。花恋様、そろそろ行こうか?」

 そう言うと、ノワルがパチン、と指を鳴らした。


 ◇ ◇ ◇

「えっ」

 思い切り、ぽかんと鯉のぼりみたいに大きな口をひらいた。

「カレン様、どうかしましたか?」

 目の前のロズが楽しそうに口の端をくいとあげているし、ノワルはぽかんと空いた口に鯉のぼりの飾り切りをした林檎を食べさせてきたので、しゃくりとかじった。
 口の中に甘酸っぱい味が広がっていく。

「えっと、王都に行くって言ってたよね?」
「城も王都ですよ」
「そ、そうだけど……」

 試し飛行はどうだったと聞いたのは私だけど、まさか二人がお城に行ってカルパ国王陛下や私を飛ばした王宮魔導師たちに魔法をかけたなんて、びっくりして頭の中が真っ白になった。
 言葉の意味は分かっていても、理解が追いつかない。

「魔法といってもささいなものなので、問題ないですよ」
「ほ、本当に? 大丈夫なの?」
「ええ、カルパ王にはカツラをかぶろうとしてもつるつるすべり落ちてしまう魔法と、魔導師たちには魔法詠唱しようとすると笑ってしまう魔法しか掛けていませんよ」

 どれくらいの魔力を使うのか分からないけれど、二人とも晴れやかな顔をしているので大丈夫なのだろう。だけど魔力がなくなれば落ちてしまうのだから無理はしないで欲しいと口にした。

「ロズはね、カルパ王たちが花恋様にした仕打ちを許せないんだよ」
「うん、ありがとう。カツラ落ちちゃったら困るね、きっと」

 二人が私のためにしてくれたと思うと、カルパ国王陛下や王宮魔導師たちには悪いけれどやっぱり嬉しくもあって。
 そのあとは、今日の予定を確認して旅の装いの支度を整えた。


 ただ、私は髪や瞳の色がカルパ国王陛下にとって大切な意味を持つことをすっかり忘れていて、さらに魔法詠唱をできない意味があまりわかっていなかったのだ。

 それがきっかけでカルパ王国が急速に衰退していくことも、その魔法の原因が魔力補給の練習をしすぎたロズとおやすみのキスをたっぷりしたノワルの身体に満ちあふれるくらいの魔力があったからだなんて知らないままだった――。
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